愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?
 それからも日々も、万智は以前と同じで、まったく俺に媚びることはなかった。
 自立した、そつがない女性。なにかを求めるわけでもなく、淡々とやることをやるできた妻だ。

 花の管理もその一環なのかもしれないが、彼女がウェルネススペースに焚くお香や彼女がつくるアレンジメントは、俺にとってはなんとなく気持ちを落ち着けてくれるものになっていた。

 有明会の会合を家ですると聞いた時は、有明会の中でも彼女はうまくやっているのだろうと思った。
 彼女なら大丈夫だ。彼女なら間違いない。そんな思いが、日に日に強くなっていく。

 彼女はもちろん、学会の宿泊準備もそつなくこなしてくれた。俺は安心して、万智が準備してくれたスーツケースを手に京都へ向かった。

 一日目を終え、ホテルの客室で荷解きをする。するとスーツケースの中に、見慣れないアトマイザーと小さな封筒が入っていることに気がついた。

【瑞樹さんの好みの香りに調合した香水です。いつもと同じパフォーマンスができるよう、祈っております】

 丁寧な文字で書かれた一筆箋に、つい頬が緩んでしまう。シュッと手首に吹きかけると、ウェルネススペースと同じ香りが鼻に広がる。
 俺はいつもと同じようにリラックスして、眠りにつくことができた。

 そのおかげか、学会二日目は朝から発表をおこなったが、いつもと同じようこなすことができた。
 自分が手術中に行ったことを言葉にして発するだけだから、もとよりそんなに難しいものでもないのだけれど。

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