【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?
回想:ウェーバー公爵家の没落-2
一方、本物のロシュフォール伯爵である祖父は、婿入り先のウェーバー公爵家から支給される予算で必要なものは十分賄えるため、ロシュフォール伯爵としての個人資産に手を付ける必要がなかった。
資産を元に手にした年収も、使わなければ資産に繰り入れる事になっており、そのまま爵位と共に子か孫へ譲り渡そうと考えていたのだ。
また、王宮で管理されている信用と安心感から、特に残高や資産状況を確認していなかった。これに関しては、祖父らしいと言えばそれまでなのだが、たとえ半日の旅程とはいえ、わざわざ王都に出向いて確認するのが面倒だったというのが実情だろう。
これらの不幸な偶然の積み重ねが、事件の発覚を遅らせてしまったのだ。
事の詳細が報告されると同時に、王家は光の速さで箝口令を布き、その事件を隠蔽した。
アレックスの共犯だった文官たちは秘密裏に処分されたが、危機を察知した賭博場の胴締めは事が発覚する前に何もかもを処分して既に隣国へ逃れた後だった。
王子の起こした詐欺による貴族家の財産横領という大不祥事が公になれば、王家の威信も信用も地に落ちる。
しかし、アレックスの父である王太子マックスは、国王即位を間近に控えており、指先が掛かったその輝かしい地位を諦めるつもりはなかった。
王太子マックスは、被害者である女公爵の祖母の前で、即位後に必ず全ての資産の返却をする事と相応の賠償を約束し、それまでの間の補償をする代わりに、何とか事を公にはしないで欲しいと土下座をして頼み込んだのだ。そのため、祖母は公に賠償の請求を保留したのだ。
ところが、一連の騒動をやり過ごし、国王に即位したマックスは、土下座までして交わした約束を果たす気配を全く見せず、当面の補償すらまったくされなかったのだ。
その上、ウェーバー公爵家は【賭博で身代を失った公爵家】という非常に不名誉な噂を大々的に流され、苦しい経済状況を強いられる事になったのだ。
そんな状況ではとても公爵家として立ち行かず、女公爵である祖母は度々王宮に出向いて、資産返却を再三申し入れていた。しかし、国王はその度にもう少し待ってくれと懇願するばかりで、こちらの足元を見たような雀の涙ほどの見舞金で体よく口を塞いできた。
そしてその事をあらぬ噂のタネにされ、【王家に金の無心をする女公爵】と言う酷い噂が実しやかに囁かれるようになったのだ。
祖母は、かつて王国の至宝と称され、完璧な貴婦人と謳われた麗人だった。加えて女公爵と言う王妃に次ぐ高貴な女性として社交界で君臨していた姿を知っている者たちにとって、その凋落は格好の餌だ。さらに、建国時の古代契約により、公爵家を手放す事が出来ない国王が曖昧な態度を取るせいで噂は尾鰭が付き、面白おかしく人々の口から口へ広がって行った。
身分に相応しい身なりを整える事も難しくなり、義務付けられている年に一回の王宮儀式以外の社交の場から遠ざかった祖母の元には、親切の皮を被った自称友人たちから折に触れて手紙が届く。心配を装い書き連ねられた告げ口により、噂は嫌でも耳に入ってくる。
事実無根の酷い噂を目にする度、祖母は目に優し気な笑みを湛え、美しく手を添えた口元を優雅に綻ばせて呟いた。
「ほほほ、今に見ておれ、クソ国王」
側にいる私にしか聞こえないが、その当時、一日に三度は耳にしていた祖母の口癖だった。
領地の殆どを失えば当たり前に収入は途絶える。そのため、莫大な経費の掛かる王宮近くの一等地に構えていたタウンハウスは手放した。唯一残ったカントリーハウスと狩りのできる一帯の土地は幸いなことに借主が見つかった。その家賃収入を頼りに、貴族街の端にある小さな邸に引っ越し、何とかギリギリ貴族としての体面を保てる状態だった。
ドラーク侯爵家から嫁いできていた実母ユリアは、その凋落に耐えられなかったようだ。
ある日、体調を崩したと言葉を残し、静養のために里帰りをしたまま戻ることはなかった。それから三日後に先触れもなくやって来た侯爵家の若い執事に渡されたのは、母の実父ドラーク侯爵の印章が押された離縁状と絶縁状だった。
やがて、愛する夫を失った後に続く心労で、さすがの祖母も体調を崩すことが多くなり、父は事務作業と後処理で領地と王都を行き来するため多忙を極めた。家の中の事は慣れないながらもなんとか私が行っていたが、他の貴族家から一斉に手を引かれたウェーバー公爵家は、貴族たちとつながりのある商会と取引することが出来ず、食べ物を買うことすらままならない状態だった。
そんな中、退職金と紹介状を渡して送り出した使用人たちが、ウェーバー公爵家で働いていたという経歴が瑕疵となり、仕事を得られず路頭に迷っていると耳にした。驚いてかつての乳母だった侍女長に会おうと赴いた先で、絶望に打ちひしがれた彼女の様子を目にした私は、慰めの言葉など何の意味もなさないと突き付けられ、結局会うことが出来ずに戻って来たのだ。
それから程なく、祖母の従兄である前バルテス前公爵ギルバートから、引退して領地に居を移すから、使用人を紹介してほしいと手紙が来たのだ。
幼い頃から可愛がってもらい、【ギルおじさま】と慕った彼からの申し出に、私は心から感謝した。
その悪夢のような日々の中で、一人残ってくれたのが侍女長のカロンだった。カロンは献身的に私たち家族を支え、その父であるメローナ商会長は、各方面の繋ぎ役を買って出てくれた。カントリーハウスの借主を探してくれたのも彼なのだ。そればかりか、毎日自ら食料品と祖母の好きな果物を抱えてやってきては祖母を見舞い、明るく世間話をして元気づけてくれくれたのだ。
彼らの支えがなければ、きっと私たちはもう立ち上がることは出来なかった。
やがて、父と侍女長のカロンの距離が近づいたものの、こんな家に嫁げば苦労をかけてしまうと二の足を踏む父に、メローナ会長から告げられた。
「メローナ商会がここまで育ったのは、ウェーバー公爵家のお力添えあっての事です。これからは私たちが国内外の商会を挙げてお支えしたい」
そう背中を押され、二人は結ばれたのだ。
義母となってくれたカロンは変わらず優しく、翌年、弟ディックが生まれた事で、家には明るさと活気が戻って来た。そして、俄然生気を取り戻した祖母と父、メローナ会長の動きが何やら活発になると共に、祖母のあの言葉も戻って来たのだった。
「ほほほ、今に見ておれ、クソ国王」
それから程なく、祖母は、父が平民と婚姻を結んだことを理由に、私を次期ウェーバー公爵として指名すると貴族院に届けを提出した。
受け取った文官は、ウェーバー公爵家の名を見ると蔑んだ目を向け、落ちぶれ切った公爵家の後継など取るに足らない事のように無言で処理をすると、控えの爵位証明書を投げるように渡してきたそうだ。
戻って来た祖母は、その時の様子を淡々と話していたが、心中はどれほどの屈辱だっただろう。私は姿勢を正し、祖母の前で最敬礼のカーテシーを執って口上を述べた。
「次期公爵のご指名、謹んでお受けいたします。家の名に恥じぬよう誇り高く、粉骨砕身、励んで参ります」
我が家を陥れた者や蔑む者に対して、どんなに悔しかろうと辛かろうと流す涙など一滴も持ち合わせてはいない。恥ずべきことなど何一つしていない私たちは、しっかりと顔を上げて生き抜いていく、それこそが我がウェーバー公爵家の誇りなのだ
由緒あるウェーバー公爵家に生まれた娘は、他国の王族に嫁ぐ可能性も高いことから、公爵家に代々伝わるカリキュラムに沿って厳しい教育を施される。
高い教養やマナー、多言語とダンスは元より、果ては剣術に至るまで、近隣国の王女たちにも決して引けを取らぬよう、幼い頃から徹底的に叩き込まれるのだ。
もちろん私も例外ではない。
それらに加え、祖父母の影響で物心つく頃から慣れ親しんだ結果、二千年ほど前から残る古代文字は、変遷を繰り返してきたどの時代、どの筆記体であっても現代語と同じ感覚で解読し、読み耽ることができる。
そして、公爵令嬢として大切に磨かれ、社交界一の麗人と称された、若かりし頃の祖母に瓜二つと言われる私は、自分で言うのも何だが、かなり良い見た目をしていると思う。
しかし、次期女公爵となる事が決まった日に、そのすべてを公の場では封印せよと言いつけられたのだ。
笑顔は禁止、知識や教養はそれと悟られないよう受け答えは最低限に、「はい」か「いいえ」のみ。それ以外の場合は沈黙を守ること。
そうすれば愚鈍に見え、相手はこちらを侮って油断をし隙が出来る。いざとなればその隙は最大限に利用できる。
どうしても参加しなければならない夜会では、立ち居振る舞いが目立たぬよう、壁の花に徹すること。
さらに、不健康に見えるような濃い化粧を施されて髪はひっつめたおさげに結われ、渡された太い黒ぶちの大きな眼鏡は、レンズが厚いせいで瞳の色がはっきり分からない。仕上げに地味な色の流行遅れのドレスを着て、無表情のまま鏡の前に立つと、そこには一言で表現するならば【ダサい】令嬢が映っていた。
正しく表現するためにはもう一言が必要だ。
【とても、ダサい】
絶句して立ち尽くす私に、父はそっと手を取り優しく語りかけてくれた。
「辛いだろうが、これは君の身を守るためなんだよ。結婚は恐らく免れないだろうから、結婚式も初夜もこの姿を貫きなさい。結婚相手がこの姿の君に誠実に向き合ってくれるならきっと大切にしてくれる。そうじゃなければ、思う存分やり込めるといい。方法は、死ななければ何をやっても大丈夫だ。必ずみんなで守るからね」
そう言われて振り返ると、祖母のティタニアと義母のカロンとメローナ会長、そして最近歩き始めたばかりの小さな弟のディックが、みんな同じポーズでサムズアップしていた。
その姿を見て思わず吹き出してしまった私につられ、みんなが声を出して笑いだした。覚えている限り、家族でこんな風に笑うなんて初めてのことだった。
こんな状況でも支え合い、笑い合える家族がついている。その事に思い至ったと同時に肚が座った私は、魂の声で高らかに宣言した。
『今に見ておれ、クソ国王』
資産を元に手にした年収も、使わなければ資産に繰り入れる事になっており、そのまま爵位と共に子か孫へ譲り渡そうと考えていたのだ。
また、王宮で管理されている信用と安心感から、特に残高や資産状況を確認していなかった。これに関しては、祖父らしいと言えばそれまでなのだが、たとえ半日の旅程とはいえ、わざわざ王都に出向いて確認するのが面倒だったというのが実情だろう。
これらの不幸な偶然の積み重ねが、事件の発覚を遅らせてしまったのだ。
事の詳細が報告されると同時に、王家は光の速さで箝口令を布き、その事件を隠蔽した。
アレックスの共犯だった文官たちは秘密裏に処分されたが、危機を察知した賭博場の胴締めは事が発覚する前に何もかもを処分して既に隣国へ逃れた後だった。
王子の起こした詐欺による貴族家の財産横領という大不祥事が公になれば、王家の威信も信用も地に落ちる。
しかし、アレックスの父である王太子マックスは、国王即位を間近に控えており、指先が掛かったその輝かしい地位を諦めるつもりはなかった。
王太子マックスは、被害者である女公爵の祖母の前で、即位後に必ず全ての資産の返却をする事と相応の賠償を約束し、それまでの間の補償をする代わりに、何とか事を公にはしないで欲しいと土下座をして頼み込んだのだ。そのため、祖母は公に賠償の請求を保留したのだ。
ところが、一連の騒動をやり過ごし、国王に即位したマックスは、土下座までして交わした約束を果たす気配を全く見せず、当面の補償すらまったくされなかったのだ。
その上、ウェーバー公爵家は【賭博で身代を失った公爵家】という非常に不名誉な噂を大々的に流され、苦しい経済状況を強いられる事になったのだ。
そんな状況ではとても公爵家として立ち行かず、女公爵である祖母は度々王宮に出向いて、資産返却を再三申し入れていた。しかし、国王はその度にもう少し待ってくれと懇願するばかりで、こちらの足元を見たような雀の涙ほどの見舞金で体よく口を塞いできた。
そしてその事をあらぬ噂のタネにされ、【王家に金の無心をする女公爵】と言う酷い噂が実しやかに囁かれるようになったのだ。
祖母は、かつて王国の至宝と称され、完璧な貴婦人と謳われた麗人だった。加えて女公爵と言う王妃に次ぐ高貴な女性として社交界で君臨していた姿を知っている者たちにとって、その凋落は格好の餌だ。さらに、建国時の古代契約により、公爵家を手放す事が出来ない国王が曖昧な態度を取るせいで噂は尾鰭が付き、面白おかしく人々の口から口へ広がって行った。
身分に相応しい身なりを整える事も難しくなり、義務付けられている年に一回の王宮儀式以外の社交の場から遠ざかった祖母の元には、親切の皮を被った自称友人たちから折に触れて手紙が届く。心配を装い書き連ねられた告げ口により、噂は嫌でも耳に入ってくる。
事実無根の酷い噂を目にする度、祖母は目に優し気な笑みを湛え、美しく手を添えた口元を優雅に綻ばせて呟いた。
「ほほほ、今に見ておれ、クソ国王」
側にいる私にしか聞こえないが、その当時、一日に三度は耳にしていた祖母の口癖だった。
領地の殆どを失えば当たり前に収入は途絶える。そのため、莫大な経費の掛かる王宮近くの一等地に構えていたタウンハウスは手放した。唯一残ったカントリーハウスと狩りのできる一帯の土地は幸いなことに借主が見つかった。その家賃収入を頼りに、貴族街の端にある小さな邸に引っ越し、何とかギリギリ貴族としての体面を保てる状態だった。
ドラーク侯爵家から嫁いできていた実母ユリアは、その凋落に耐えられなかったようだ。
ある日、体調を崩したと言葉を残し、静養のために里帰りをしたまま戻ることはなかった。それから三日後に先触れもなくやって来た侯爵家の若い執事に渡されたのは、母の実父ドラーク侯爵の印章が押された離縁状と絶縁状だった。
やがて、愛する夫を失った後に続く心労で、さすがの祖母も体調を崩すことが多くなり、父は事務作業と後処理で領地と王都を行き来するため多忙を極めた。家の中の事は慣れないながらもなんとか私が行っていたが、他の貴族家から一斉に手を引かれたウェーバー公爵家は、貴族たちとつながりのある商会と取引することが出来ず、食べ物を買うことすらままならない状態だった。
そんな中、退職金と紹介状を渡して送り出した使用人たちが、ウェーバー公爵家で働いていたという経歴が瑕疵となり、仕事を得られず路頭に迷っていると耳にした。驚いてかつての乳母だった侍女長に会おうと赴いた先で、絶望に打ちひしがれた彼女の様子を目にした私は、慰めの言葉など何の意味もなさないと突き付けられ、結局会うことが出来ずに戻って来たのだ。
それから程なく、祖母の従兄である前バルテス前公爵ギルバートから、引退して領地に居を移すから、使用人を紹介してほしいと手紙が来たのだ。
幼い頃から可愛がってもらい、【ギルおじさま】と慕った彼からの申し出に、私は心から感謝した。
その悪夢のような日々の中で、一人残ってくれたのが侍女長のカロンだった。カロンは献身的に私たち家族を支え、その父であるメローナ商会長は、各方面の繋ぎ役を買って出てくれた。カントリーハウスの借主を探してくれたのも彼なのだ。そればかりか、毎日自ら食料品と祖母の好きな果物を抱えてやってきては祖母を見舞い、明るく世間話をして元気づけてくれくれたのだ。
彼らの支えがなければ、きっと私たちはもう立ち上がることは出来なかった。
やがて、父と侍女長のカロンの距離が近づいたものの、こんな家に嫁げば苦労をかけてしまうと二の足を踏む父に、メローナ会長から告げられた。
「メローナ商会がここまで育ったのは、ウェーバー公爵家のお力添えあっての事です。これからは私たちが国内外の商会を挙げてお支えしたい」
そう背中を押され、二人は結ばれたのだ。
義母となってくれたカロンは変わらず優しく、翌年、弟ディックが生まれた事で、家には明るさと活気が戻って来た。そして、俄然生気を取り戻した祖母と父、メローナ会長の動きが何やら活発になると共に、祖母のあの言葉も戻って来たのだった。
「ほほほ、今に見ておれ、クソ国王」
それから程なく、祖母は、父が平民と婚姻を結んだことを理由に、私を次期ウェーバー公爵として指名すると貴族院に届けを提出した。
受け取った文官は、ウェーバー公爵家の名を見ると蔑んだ目を向け、落ちぶれ切った公爵家の後継など取るに足らない事のように無言で処理をすると、控えの爵位証明書を投げるように渡してきたそうだ。
戻って来た祖母は、その時の様子を淡々と話していたが、心中はどれほどの屈辱だっただろう。私は姿勢を正し、祖母の前で最敬礼のカーテシーを執って口上を述べた。
「次期公爵のご指名、謹んでお受けいたします。家の名に恥じぬよう誇り高く、粉骨砕身、励んで参ります」
我が家を陥れた者や蔑む者に対して、どんなに悔しかろうと辛かろうと流す涙など一滴も持ち合わせてはいない。恥ずべきことなど何一つしていない私たちは、しっかりと顔を上げて生き抜いていく、それこそが我がウェーバー公爵家の誇りなのだ
由緒あるウェーバー公爵家に生まれた娘は、他国の王族に嫁ぐ可能性も高いことから、公爵家に代々伝わるカリキュラムに沿って厳しい教育を施される。
高い教養やマナー、多言語とダンスは元より、果ては剣術に至るまで、近隣国の王女たちにも決して引けを取らぬよう、幼い頃から徹底的に叩き込まれるのだ。
もちろん私も例外ではない。
それらに加え、祖父母の影響で物心つく頃から慣れ親しんだ結果、二千年ほど前から残る古代文字は、変遷を繰り返してきたどの時代、どの筆記体であっても現代語と同じ感覚で解読し、読み耽ることができる。
そして、公爵令嬢として大切に磨かれ、社交界一の麗人と称された、若かりし頃の祖母に瓜二つと言われる私は、自分で言うのも何だが、かなり良い見た目をしていると思う。
しかし、次期女公爵となる事が決まった日に、そのすべてを公の場では封印せよと言いつけられたのだ。
笑顔は禁止、知識や教養はそれと悟られないよう受け答えは最低限に、「はい」か「いいえ」のみ。それ以外の場合は沈黙を守ること。
そうすれば愚鈍に見え、相手はこちらを侮って油断をし隙が出来る。いざとなればその隙は最大限に利用できる。
どうしても参加しなければならない夜会では、立ち居振る舞いが目立たぬよう、壁の花に徹すること。
さらに、不健康に見えるような濃い化粧を施されて髪はひっつめたおさげに結われ、渡された太い黒ぶちの大きな眼鏡は、レンズが厚いせいで瞳の色がはっきり分からない。仕上げに地味な色の流行遅れのドレスを着て、無表情のまま鏡の前に立つと、そこには一言で表現するならば【ダサい】令嬢が映っていた。
正しく表現するためにはもう一言が必要だ。
【とても、ダサい】
絶句して立ち尽くす私に、父はそっと手を取り優しく語りかけてくれた。
「辛いだろうが、これは君の身を守るためなんだよ。結婚は恐らく免れないだろうから、結婚式も初夜もこの姿を貫きなさい。結婚相手がこの姿の君に誠実に向き合ってくれるならきっと大切にしてくれる。そうじゃなければ、思う存分やり込めるといい。方法は、死ななければ何をやっても大丈夫だ。必ずみんなで守るからね」
そう言われて振り返ると、祖母のティタニアと義母のカロンとメローナ会長、そして最近歩き始めたばかりの小さな弟のディックが、みんな同じポーズでサムズアップしていた。
その姿を見て思わず吹き出してしまった私につられ、みんなが声を出して笑いだした。覚えている限り、家族でこんな風に笑うなんて初めてのことだった。
こんな状況でも支え合い、笑い合える家族がついている。その事に思い至ったと同時に肚が座った私は、魂の声で高らかに宣言した。
『今に見ておれ、クソ国王』