【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?
side ダニエル
ハンカチを目に当てすすり泣いているフィリッパと、項垂れて消沈した様子のアルブレヒトとエリアスを王宮に送り届けたバルテス公子ダニエルは、祖父のバルテス前公爵ギルバートとヴィクトリアに先触れを出し、ヴィッセル邸へ向かった。
途中でギルバートと合流し、ヴィッセル邸へ到着すると、執事長と共にヴィクトリアの父オスカーが出迎えてくれた。
「バルテス前公爵、バルテス公子、お久しぶりですね。この度は愛娘のヴィクトリアのためにご尽力いただき、ありがとうございます。あなたがたのお心遣いがあの頃の私たちにとって、どれほど心の支えになった事か。やっとこうして直接お礼が言えました」
そう言いながら、二階の客間に続く応接室へ二人を案内した。
「ところで、この邸の主人はどうした、と聞くのも野暮だな」
ギルバートの問いに、執事長が胸に手を当てて頭を下げた。
応接室に入ると、ヴィクトリアがあでやかな笑顔で二人に近づき、手を取ってソファーに座らせた。
「ギルおじさま、この度は色々とありがとうございます。美術館のオープンに連れて行って頂いたことは本当に大きな実りになりました。あれがなければ、これほど早く社交界に馴染むことは出来ませんでしたもの」
そう言うと、ダニエルに笑顔を向けた。
「王宮でのお披露目の際、お父上のバルテス公爵のお執り成し、本当に心強かったです。それに、あなたは、王宮の使用人さえもが遠巻きにする中、ハンカチを取って下さいましたわね。あの時はまだ父の言いつけで言葉を発することが出来ない時期でしたの。ぶっきらぼうでごめんなさい。それに、学園に通っていた間も、さり気なくいつも盾になって下さっていたことは分かっていました。やっとお礼が言えます。本当にありがとうございます」
その言葉に、ダニエルは首を振った。
「ただ身長が高い事と、体が大きく威圧感を与えられることが功を奏しただけの事。礼には及びません」
ダニエルの答えに、ギルバートはダニエルの肩をばしんと叩いてヴィクトリアに言った。
「私もダニエルも、いくらでも盾にして貰って構わんぞ!」
ヴィクトリアが二人の手を取って改めて礼を言い、全員が席に着いたところでダニエルが口火を切って本題に入った。
「ウェーバー女公がお帰りになった後、第一王子ご一家には、王家がウェーバー公爵家に何をして来たのか、祖父から詳しく話をして貰いました。当時、その真実の内容を知っていたのは、我がバルテス公爵家と亡くなった前宰相だけです。改めて話を聞くと、私が聞き及んでいた話よりも遥かに惨い仕打ちでした。話を聞いたご一家もかなり消沈しており、特にアルブレヒト殿下は思いつめた様子でした」
それを聞いたオスカーが問いかけた。
「明日の調印式は延期できそうかな? アルブレヒト殿下がどういう行動に出るか、近くにいる君ならではの意見が聞きたい」
その言葉に、ダニエルは頷いた。
「アルブレヒト殿下は陛下に畏怖の念を抱いています。調印式までに書類を確認して偽造であると明らかに分かったとしても、それを正面から糾弾することは恐らくできないでしょう。そうなると、調印式の最中に何か行動を起こす事が考えられます」
「そうだね、何か無礼があったとしても、他国の王太子に偽造の契約書にサインさせる以上の粗相はないからね」
父のその暢気な返答に、ヴィクトリアは思わずつッこんでしまった。
『粗相って…… 子どもじゃあるまいし、お父様ったら相変わらず言葉遣いが独特だわ』
「もしも、彼が何も行動を起こさず、予定通り契約書にサインさせるようであれば、その場で偽造であることを証明して、他国への背信行為を理由に各国の騎士達が国王マックスと共にアルブレヒト第一王子を拘束する手はずになっている」
父王の言いなりに王家もろとも破滅の道を進むか、父王を差し出し自分が盾となって王家を守るのか。アルブレヒト殿下の行動次第で、今後の王家の未来が決まる。
どちらにしても国王マックスに逃げ場はない。
ふと気づいたようにギルバートに問いかけられた。
「偽造である事を証明するには、ヴィーが作成した契約書が必要だろう?」
そう言ったギルバートに、ヴィクトリアが側に置いた箱の中から契約書を二通取り出した。バーナム子爵に渡した出版に関する契約書と、ネルソン商会に渡した服飾品の専属契約書だ。
ろうそくの光に透かすと、四隅の刻印が浮かび上がる。覗き込んだダニエルの目にも、昼間にアルブレヒトに渡した印章とは模様が違うと明らかに分かる。
「古代契約書は、作成した人物の名前を古代の飾り文字を印章にして自ら刻印します。それから、最後の古代文字の呪文は、作成した人によって内容がそれぞれ違うのです。ここ最近では、私が一番まともだと思いますよ。【ここに締結された契約に於いて、古からの理をここに記する。誠実なものにはさらなる幸運を、不実なものには相応の不運を】」
そう言って父を見やると、くすくすと笑っている。
「ああ、母上のは酷かった。男はみんな、あの呪文で契約したくないよね」
ギルバートが、わははと笑いながら、その呪文を口にした。
「【ここに締結された契約に於いて、古からの理をここに記する。誠実なものにはあらゆる輝かしい未来を、不実なものにはあらゆるものがその体から抜け落ちる未来を】、だったな。初めて聞いた時にはぞっとした」
『きっとお祖母様も笑ってるわね』
二人が笑い合う顔を見ながらヴィクトリアは独り言ちた。
そうだ、元クソ王子のアレックスを忘れてはいけない。その事をヴィクトリアに聞かれたオスカーは、何でもない様子で答えた。
「ああ、相変わらず人の目を盗んで色々とやらかしているようだね。ダレル女伯にその内容を報告して、放し飼いを咎める手紙を送ったよ。ギャンブル癖は抜けない様で、ダレル家の財産もずいぶん食いつぶされていたんだ。ダレル女伯からは、お仕置きは任せるって返事をもらってるから、王宮の夜会でお灸を据えようかなって思ってるんだ。そうそう、彼を唆してうちの財産を吸い取った、あの賭博場の胴締めも捕まえて連れて来てるんだよ」
平民である賭博場の胴締めは、公爵家への詐欺罪と没落を招いた横領罪で間違いなく極刑だ。にこにこと話すオスカーに、ダニエルは一瞬全身が粟立った。
この人の怒りは底が知れない。
『地獄へ落ちろ、祟り髪!』
ヴィクトリアは口元を扇子で隠し、魂の言葉で叫んだ。
報告も一通り終わった所で、ダニエルはヴィクトリアに問いかけた。
「ところで、祟り髪とは、アレックス殿の事かな?」
ぎょっとして固まるヴィクトリアとダニエルに、オスカーとギルバートの視線も集中した。
石造の様に固まって動かないヴィクトリアに、ダニエルは済まなさそうに声を掛けた。
「ウェーバー女公の近くにいる時、時折頭の中に声が聞こえる時があるんだ。初めて聞こえたのは、王宮の就任式の時だった。誠に恐れながら『余計な事しかしない、クソ国王』だったな。頭がおかしくなったのかと思って後を追いかけたら、ハンカチが飛ばされて『仕方ないわね、諦めましょう』と聞こえたんだ。前回エリアス殿下が不躾な質問をして私の対応が遅れた時『ポンコツ主従』と聞こえた事で確信を持った。アレックス殿の頭頂部に風を送ったのは偶然ではないんだ。恐らく、私には女公の心の声というか、思ったことが聞こえるらしい」
信じがたい事をさらっと言うダニエルに、オスカーとギルバートは顔を見合わせたが、ヴィクトリアは彼の言葉が事実だと確信した。【祟り髪】はさっき思いついて命名したばかりなのだ。
困惑気味の三人に、ダニエルは提案した。
「明日の夜会で、私のこの能力は大いに役立つと思いませんか?」
途中でギルバートと合流し、ヴィッセル邸へ到着すると、執事長と共にヴィクトリアの父オスカーが出迎えてくれた。
「バルテス前公爵、バルテス公子、お久しぶりですね。この度は愛娘のヴィクトリアのためにご尽力いただき、ありがとうございます。あなたがたのお心遣いがあの頃の私たちにとって、どれほど心の支えになった事か。やっとこうして直接お礼が言えました」
そう言いながら、二階の客間に続く応接室へ二人を案内した。
「ところで、この邸の主人はどうした、と聞くのも野暮だな」
ギルバートの問いに、執事長が胸に手を当てて頭を下げた。
応接室に入ると、ヴィクトリアがあでやかな笑顔で二人に近づき、手を取ってソファーに座らせた。
「ギルおじさま、この度は色々とありがとうございます。美術館のオープンに連れて行って頂いたことは本当に大きな実りになりました。あれがなければ、これほど早く社交界に馴染むことは出来ませんでしたもの」
そう言うと、ダニエルに笑顔を向けた。
「王宮でのお披露目の際、お父上のバルテス公爵のお執り成し、本当に心強かったです。それに、あなたは、王宮の使用人さえもが遠巻きにする中、ハンカチを取って下さいましたわね。あの時はまだ父の言いつけで言葉を発することが出来ない時期でしたの。ぶっきらぼうでごめんなさい。それに、学園に通っていた間も、さり気なくいつも盾になって下さっていたことは分かっていました。やっとお礼が言えます。本当にありがとうございます」
その言葉に、ダニエルは首を振った。
「ただ身長が高い事と、体が大きく威圧感を与えられることが功を奏しただけの事。礼には及びません」
ダニエルの答えに、ギルバートはダニエルの肩をばしんと叩いてヴィクトリアに言った。
「私もダニエルも、いくらでも盾にして貰って構わんぞ!」
ヴィクトリアが二人の手を取って改めて礼を言い、全員が席に着いたところでダニエルが口火を切って本題に入った。
「ウェーバー女公がお帰りになった後、第一王子ご一家には、王家がウェーバー公爵家に何をして来たのか、祖父から詳しく話をして貰いました。当時、その真実の内容を知っていたのは、我がバルテス公爵家と亡くなった前宰相だけです。改めて話を聞くと、私が聞き及んでいた話よりも遥かに惨い仕打ちでした。話を聞いたご一家もかなり消沈しており、特にアルブレヒト殿下は思いつめた様子でした」
それを聞いたオスカーが問いかけた。
「明日の調印式は延期できそうかな? アルブレヒト殿下がどういう行動に出るか、近くにいる君ならではの意見が聞きたい」
その言葉に、ダニエルは頷いた。
「アルブレヒト殿下は陛下に畏怖の念を抱いています。調印式までに書類を確認して偽造であると明らかに分かったとしても、それを正面から糾弾することは恐らくできないでしょう。そうなると、調印式の最中に何か行動を起こす事が考えられます」
「そうだね、何か無礼があったとしても、他国の王太子に偽造の契約書にサインさせる以上の粗相はないからね」
父のその暢気な返答に、ヴィクトリアは思わずつッこんでしまった。
『粗相って…… 子どもじゃあるまいし、お父様ったら相変わらず言葉遣いが独特だわ』
「もしも、彼が何も行動を起こさず、予定通り契約書にサインさせるようであれば、その場で偽造であることを証明して、他国への背信行為を理由に各国の騎士達が国王マックスと共にアルブレヒト第一王子を拘束する手はずになっている」
父王の言いなりに王家もろとも破滅の道を進むか、父王を差し出し自分が盾となって王家を守るのか。アルブレヒト殿下の行動次第で、今後の王家の未来が決まる。
どちらにしても国王マックスに逃げ場はない。
ふと気づいたようにギルバートに問いかけられた。
「偽造である事を証明するには、ヴィーが作成した契約書が必要だろう?」
そう言ったギルバートに、ヴィクトリアが側に置いた箱の中から契約書を二通取り出した。バーナム子爵に渡した出版に関する契約書と、ネルソン商会に渡した服飾品の専属契約書だ。
ろうそくの光に透かすと、四隅の刻印が浮かび上がる。覗き込んだダニエルの目にも、昼間にアルブレヒトに渡した印章とは模様が違うと明らかに分かる。
「古代契約書は、作成した人物の名前を古代の飾り文字を印章にして自ら刻印します。それから、最後の古代文字の呪文は、作成した人によって内容がそれぞれ違うのです。ここ最近では、私が一番まともだと思いますよ。【ここに締結された契約に於いて、古からの理をここに記する。誠実なものにはさらなる幸運を、不実なものには相応の不運を】」
そう言って父を見やると、くすくすと笑っている。
「ああ、母上のは酷かった。男はみんな、あの呪文で契約したくないよね」
ギルバートが、わははと笑いながら、その呪文を口にした。
「【ここに締結された契約に於いて、古からの理をここに記する。誠実なものにはあらゆる輝かしい未来を、不実なものにはあらゆるものがその体から抜け落ちる未来を】、だったな。初めて聞いた時にはぞっとした」
『きっとお祖母様も笑ってるわね』
二人が笑い合う顔を見ながらヴィクトリアは独り言ちた。
そうだ、元クソ王子のアレックスを忘れてはいけない。その事をヴィクトリアに聞かれたオスカーは、何でもない様子で答えた。
「ああ、相変わらず人の目を盗んで色々とやらかしているようだね。ダレル女伯にその内容を報告して、放し飼いを咎める手紙を送ったよ。ギャンブル癖は抜けない様で、ダレル家の財産もずいぶん食いつぶされていたんだ。ダレル女伯からは、お仕置きは任せるって返事をもらってるから、王宮の夜会でお灸を据えようかなって思ってるんだ。そうそう、彼を唆してうちの財産を吸い取った、あの賭博場の胴締めも捕まえて連れて来てるんだよ」
平民である賭博場の胴締めは、公爵家への詐欺罪と没落を招いた横領罪で間違いなく極刑だ。にこにこと話すオスカーに、ダニエルは一瞬全身が粟立った。
この人の怒りは底が知れない。
『地獄へ落ちろ、祟り髪!』
ヴィクトリアは口元を扇子で隠し、魂の言葉で叫んだ。
報告も一通り終わった所で、ダニエルはヴィクトリアに問いかけた。
「ところで、祟り髪とは、アレックス殿の事かな?」
ぎょっとして固まるヴィクトリアとダニエルに、オスカーとギルバートの視線も集中した。
石造の様に固まって動かないヴィクトリアに、ダニエルは済まなさそうに声を掛けた。
「ウェーバー女公の近くにいる時、時折頭の中に声が聞こえる時があるんだ。初めて聞こえたのは、王宮の就任式の時だった。誠に恐れながら『余計な事しかしない、クソ国王』だったな。頭がおかしくなったのかと思って後を追いかけたら、ハンカチが飛ばされて『仕方ないわね、諦めましょう』と聞こえたんだ。前回エリアス殿下が不躾な質問をして私の対応が遅れた時『ポンコツ主従』と聞こえた事で確信を持った。アレックス殿の頭頂部に風を送ったのは偶然ではないんだ。恐らく、私には女公の心の声というか、思ったことが聞こえるらしい」
信じがたい事をさらっと言うダニエルに、オスカーとギルバートは顔を見合わせたが、ヴィクトリアは彼の言葉が事実だと確信した。【祟り髪】はさっき思いついて命名したばかりなのだ。
困惑気味の三人に、ダニエルは提案した。
「明日の夜会で、私のこの能力は大いに役立つと思いませんか?」