【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?

出版と古代契約

ヴィッセル侯爵邸での日々は、優しく親切な使用人たちに囲まれて穏やかに、そして楽しく過ぎていった。
毎日開催している古代文学サロンの内容は、クロエたち侍女に相談して決めている。

「みんなはどんな物語が好きかしら? 婚約破棄もの、白い結婚からの溺愛もの、復讐譚に、魔法使いの物語もあるわ、それに、聖女もの。ああ、沢山あり過ぎて、どれから紹介すればいいか本当に迷ってしまうわ!」

相変わらず、古代文学の話になると興奮気味になってしまう私を、侍女たちは温かい目で見守ってくれている。

「奥様、セイジョものとは、どういった物語でしょうか?」

侍女の一人が質問してきた。そうね、これは説明が必要よね。

「聖女とは、色々な設定があるのだけれど、総じて神聖なる乙女と言ったところかしら。奇跡を起こせる少女を指す事が多い名称ね。
怪我や病気を癒せたり、そう言った効果のある薬を作る事が出来たり、魔物などがいる物語なら、その魔物や邪気を浄化して消し去ってしまえたりするの。その世界で見いだされて教会などで認定される事もあるし、魔法のある物語なら、異世界から召喚されたり生まれ変わってこの世界に現れたりする物語もあるわ。その場合、この世界では考えられない知識や物を生み出して国を発展させたり……」

『いけないわ。語り出したら止まらない。落ち着け私』

我に返った私は、苦笑いを浮かべながら言った。

「色々な組み合わせがあり過ぎて語り切れないわ。いくつか物語を聞いてもらった方が早いわね。今日は聖女もののお話にしましょうか」

そんな風に充実した日々を過ごして半月ほどが過ぎたある日、バーナム子爵家の令嬢である侍女セーラから、ある提案をされたのだ。

「奥様のお話があまりにも面白くて、家で家族に話したところ、母と兄がそれはもう興味津々で毎日話をせがまれるのです。でも! 私の話術では古代文学の魅力は伝えきれていません! そこで奥様、翻訳したこの古代文学を出版なさいませんか? この素晴らしい物語たちを世の人々に知ってもらうチャンスだと思うのです!」

バーナム家は、地道な努力で出版業を成功させて現在の地位を築いた堅実な家柄だ。
これほど早くことが進むとは思っていなかったが、私は、この願ったり叶ったりの提案に喜んで乗った。

「まあ! 私の書いたものが本になるの? とても素敵だわ! ぜひ詳しくお話を伺いたいわね」

胸に手を当て、感動したように伝えると、セーラは目を輝かせて外出の許可を取り、喜び勇んで出かけていった。その様子を見ていたクロエと他の侍女たちも、本になれば、いつでも物語の世界に浸れると、きゃあきゃあと盛り上がっている。
本当に、この家はなんて素敵な人たちばかりなのかしら。主人はともかく。

私の返事待ちだったのだろう、とんぼ返りしてきたセーラは、父と兄を連れて戻って来た。
セーラからの先触れを受け、私は急いで執事長の下を訪れた。報連相は大事。先ずは出版することを報告しておかなければならない。

私と執事長がサロンに入ると、先に通されていたバーナム子爵親子は、マントルピースの上に掲げられた私の卒業証書と博士号の認定書の前に立ち、それらを熱心に説明するセーラの話を感心しながら聞いているところだった。

二人から礼を受けた後、バーナム子爵が挨拶の口上を述べた。聞く者を安心させる低く穏やかな美声だ。

「この度は娘からの不躾ともいえる話にも関わらず、快くご承諾頂き、恐悦至極でございます。早速ではございますが、娘の話を補足させて頂き、ご判断を仰ぎたいと存じます」

そこで、バーナム子爵と入れ替わり、子息のセインが口を開いた。

「お初にお目に掛かります。バーナム子爵家子息、セインでございます。
私どもは出版業を営んでおり、今までは持ち込まれた原稿を依頼された通りの本にして出版することが主でした。しかし、私は自分たちの作品として本を出したいと考え、様々な準備をしておりましたところ、妹から奥様のお話を伝え聞く機会を得たのです! まさに天啓! 古代文学の専門性と造詣の深さに加え、とりわけ物語へ向ける愛情に強く心を打たれました! どうか奥様のその知識と情熱を形にする栄誉を、私どもにお与えいただけませんでしょうか!」

サロンはセインの独壇場だった。舞台俳優もかくやと思われるセインの演説からは、出版への熱い情熱が感じられた。
私もセインの手を取り、感激を言葉に乗せて答えた。

「貴方の情熱、しかと受け取りましたわ! 私の古代文学への尽きる事のない愛と知識、どうかあなたの手で形にして、広く世に送り出して下さい!」

がしりと手と手を取り合った私とセインの姿に、待望の物語が次々と出版される情景を見出した侍女たちは、うっとりと眺めている。

そう言えば、以前論文作成のために翻訳したものがいくつかあるのだと伝えると、セインは目を輝かせ、現代風にアレンジしたり手直しすれば、そのまま出版に耐えうるのではと身を乗り出してきた。
話しはとんとん拍子に進み、明日からセインが原稿の確認のためにヴィッセル邸に通うことに決まった。
そして、ペンネームをどうするかと相談され、私は心に浮かんだ名前を口にした。

V(ヴィー)

みんなの視線が集中する中、私は懐かしい思い出とその由来を説明した。

「古代文字と文学を手解きしてくれた祖父と祖母がね、幼い頃の私を(ヴィー)と呼んでいたの」

言葉に出さずとも、周囲の温かい視線はその名を肯定してくれている。

ここまで決まると契約が必要だ。細かい事はおいおい追加することとして、取り急ぎ出版の契約を結ぶことになった。
すると、契約書を取り出しながらバーナム子爵が穏やかに話始めた。

「これは私の独り言です。奥様には微笑みを返していただければ十分です。
今、近隣国で飛ぶ鳥を落とす勢いのMWR商会の会長が近く隣国で爵位を賜るとか。その高貴な血筋ゆえに異例の伯爵位だそうですね。その発展に尽力したメローナ商会の会長も叙勲されると聞きました。私どものバーナム商会も、近隣国への足掛かりとして是非提携させて頂きたいものです」

さすが商人だ。この国では秘されているにもかかわらず耳が早い。
そして、情熱という力強い原動力と、周囲を見渡して状況を見極める穏やかな手綱。
この組み合わせも心地いい。

私は言われた通り微笑みだけを返した。

そして、バーナム子爵が取り出した契約書を手に取って確認すると、クロエに頼んで部屋から羊皮紙の束を持ってきてもらった。

その中から二枚を取り出し、手元の契約書を書き写した。これは私的な契約ではないため、封はせずにサインの横に私の印章を押した。
最後に、古代文字で契約が締結されたことを記す呪文を記載して完成だ。

目を瞠ってその様子を見ていたバーナム子爵は、感極まった様子で渡された契約書に最期に記した呪文をなぞりながら呟いた。

【ここに締結された契約に於いて、(いにしえ)からの(ことわり)をここに記する。誠実なものにはさらなる幸運を、不実なものには相応の不運を】

「さすがですわね」

笑顔の私に、バーナム子爵は礼を執って答えた。

「ほんの触りだけのことでお褒め頂き誠に恐縮です。古の呪文が綴られた、このように由緒正しく格式の高い契約書は、今まで目にする事はあっても、まさかこの手にする事が出来るなど夢のようです。私どもにとって、正に光栄の極みです」

感心しきりのバーナム子爵は、恭しく契約書を箱に納めた。
丁寧に扱ってもらえるのを見るとこちらも嬉しい。

私は、契約書が鞄に納まったのを見届けると、ゆっくりと立ち上がった。それを合図に全員が立ち上がって姿勢を正す。

「これから末永く、どうぞよろしくお願い致します」

お互いにそう言葉を掛け合い、固い握手を交わしてバーナム子爵親子は帰途に就いた。
共に馬車を見送っていた執事長にそっと聞かれた。

()()契約書にも(いにしえ)の呪文が?」

私は、魂の呟きと共に、執事長に笑顔だけを返しておいた。

『ええ、もちろん。もっとエゲツない呪文がね』


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