迷信の生贄花嫁、食べられると勘違いしたまま竜王陛下の溺愛が始まって戸惑ってます~食べるって物理的な意味ですよね?~
マツの木と結婚させられ、テネブラエ湖に落ちて死の淵を彷徨った。
あの時死んでいた身としては、こんな幸運な日々に恵まれるなんて思ってもいなかった。
もう悔いはない。あとは一日一日を恙なく過ごして、来たる日に備えるだけだ。
「私の人生は悪くなかったですよ。あなたと最後まで契約を結べなかったのは申し訳ないですが、どうか健やかに過ごしてくださいね」
フィリーネの指から紫紺蝶が離れる。紫紺蝶は二匹に分裂すると、夜空のある方へと飛んで行く。
翅に力がないのは残念に思っているからだろうか。
眉尻を下げてその姿を眺めていたら、急にひんやりとしたものが背中に当たった。
「ひゃっ!?」
当たっているのは刃物のようなものだった。
頭を動かして後ろを確認するも、相手が暗がりにいるせいで顔がはっきりと見えない。
(どうして私は脅されているのでしょう? そんなことをなさっても何のメリットはありませんのに)
身体は震えているが、頭は至って冷静だった。
相手が誰なのか知りたいフィリーネは恐る恐る話しかける。
「どちら様ですか?」
すると、背後の人物がハッと鼻で笑った。
「どちら様ですって? ……私を忘れるなんて。忌み子ったら随分と薄情ね」
「お姉様!?」
フィリーネはヒュッと息を呑む。
これだけ規模が大きな舞踏会だから見つからないだろうと高を括っていたが、やはり考えが甘かったようだ。
フィリーネは顔色をなくした。
「まさか、舞踏会に参加してくるなんて。夢にも思わなかったわ」
夜陰に乗じて襲ってくるほど、ミリーネは舞踏会に参加したことを怒っている。
フィリーネがミリーネを分析していると、無理矢理後ろ手に手を組まされた。
「場所を変えるからついてきて。万が一騒いだりしたら、この刃物でおまえの背中を傷つけるから」
「でもそれだと……」
「闇の精霊に仕返しされるって言うんでしょ? おまえが騒がなかったら良いだけの話よ。もしも私が酷い目に遭ったら……ただじゃおかないから」
耳元でミリーネに凄まれたフィリーネは身が竦んだ。
「分かりました。お姉様に従います」
肯ったフィリーネは背中に刃物を押し当てられたまま、バルコニーから離れた。