『塵を抱き、塵を払う』― 業とともに生きた半世紀 ―
筆者 あとがき
この物語に描かれた彼の歩みは、決して特別なものではない。
しかし、どこにでもある人生のように見えて、どこにもない唯一の道でもあった。
彼は光を求めたわけではなく、影を避けたわけでもない。
ただ、与えられた日々を、抱えた塵とともに歩き続けた。
その塵は、過去の痛みであり、叶わなかった夢であり、誰にも言えなかった未練であり、それでも捨てられず胸に残った欲でもあった。

人は皆、塵を抱いて生きている。
それは弱さではなく、生きてきた証、そのものだ。
彼の人生は、その証を隠すことなく、時に払い、時に抱きしめ、それでも前へ進む姿で満ちていた。

読者がこの物語を読み終えたとき、
自分の抱える塵を恥じることなく、
「このまま歩いていいのだ」
と、静かに思える瞬間があったなら、それこそが、この物語の意味であろう。

人生は、完璧である必要はない。
強くある必要もない。
ただ、今日を生きるために一歩を踏み出す気持ちが大切である。
その繰り返しの中に、人の尊さは宿る。

彼が歩いた道は、誰かの、今まで出会った人の、そしてこれから出会う人の、明日の一歩を支え、人生を踏み出す足元をそっと照らす灯りとなれば幸甚である。

令和八年二月吉日
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