第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
そのとき――
「なにしてるの?」
高く澄んだ声が、2人の間合いを切り裂いた。
はっとして顔を上げる。
そこに立っていたのは、
間違いなく――お嬢さまだった。
騎士たちが止めに入るよりも早く、
お嬢さま自身が、迷いなく2人の間に踏み出している。
「魔宝剣を使った模擬戦は、報告が必要よ」
その一言で、
刀身を染めていた深紅の魔力が揺らいだ。
――ああ、やっぱり俺は、まだ子供だ。
焦りと嫉妬に突き動かされ、
本気で斬り結ぶ覚悟をしたはずなのに。
お嬢さまがそこに立つだけで、
心は簡単に乱れてしまう。
お嬢さまは怒りも責めもしない。
ただ静かに、諭すように言った。
「やめなさい。2人とも。
そんなことをする理由なんて、ないでしょう?」
「申し訳ありません」
セナ副団長は短く答え、深く頭を下げる。
――そうだ。
理由なんて、どこにもない。
勝っても、何も手に入らない。
守りたい、そばにいたいという想いは、
誰かを傷つけて証明するものじゃない。
深紅の輝きが、ゆっくりと霧散していく。
紅の刃も、氷の壁も、跡形もなく消えた。
俺は荒い息を整え、顔を上げる。
お嬢さまの眼差しを受けて、
胸のざわつきが、ほんの少しだけ静まっていった。
――守りたいのは、剣で勝つことじゃない。
そばにいることだ。
けれど、もしそれを望まれなかったら?
俺は……捨てられるのか。
こわい。
「……お嬢さま、ごめん」
それだけを残し、
俺は逃げるように背を向けた。