第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
問題は、この先。

アドルフ様の執務室には、当然のように鍵が掛かっている。
ポケットから細い針金を取り出し、鍵穴へ差し込む。
手元に意識を集中させる。音は、立てられない。

小さな感触。
わずかな抵抗が外れ、錠が静かに回った。

祖父の言葉が、ふと脳裏をよぎる。
『執事である以上、ピッキングくらいはできなければならない』
まさか、こんな形で役立つとは思わなかった。

扉をわずかに開け、滑り込むように書斎へ入る。
すぐに内鍵を掛ける。これで、突然の侵入だけは防げる。

この部屋には何度も入ったことがある。
お嬢様の付き添い、業務の打ち合わせ――
間取りは、頭に入っている。

まず狙うべきは、書斎机の引き出し。

鍵付きの引き出しを一つ、また一つと開ける。
書類の束、古い契約書、覚え書き。
だが――ない。

女性の死因に関するものは、どこにも。

長居はできない。
書類は素早く元に戻す。配置を崩せば、それだけで侵入は露見する。

全てを探す時間など、最初からない。
この部屋にあるとしても、隠されている場所は限られている。

――残りは、どこだ。

鼓動が、否応なく早まる。
考えろ。焦るな。
< 213 / 224 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop