ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。
◇
そして、今日。
予定通り、久しぶりに故郷の地を踏んだ。
上京してから大学生活とバイトの両立で慌ただしく、一度も帰省できていなかった我が家。
玄関の戸を開けると、早速カオスな光景が広がっていた。
こたつでは年越しで夜更かししたらしい姉の奈津子が丸くなって爆睡しており、縁側では父がどっしりと構えて新聞を読んでいる。
台所からは「もー、みんな手伝いなさいよ!」という母のぼやきと、祖母と一緒におせちの準備をする包丁の音が聞こえてきた。
二階に上がり、五つ下の弟・智也の部屋へと向かう。
――コンコン。
「智也?」
「……おー」
中学生男子らしく口数は少ないものの、内心は兄の帰省を喜んでいるような顔を見せてくれた。
我が家は少年野球の監督を務める父と、ついでに去年までコーチをしていた僕もいるため、子供たちや保護者が元旦の挨拶に寄ってくれたりもして、大変賑やかだった。
ようやく一息つき、「明けましておめでとう」と家族みんなでおせちを囲んだ。
世間話が一段落したところで、僕はわざと何でもないことのように切り出した。
「……そういえば。これ食べ終わったら、図書館の近くの公園でやってる餅つき大会に行ってくるわ」
「え、なんで?」
母がすかさず食いつく。
「いや、その近くに住んでる同級生に誘われたから」
「あんた、あの辺りに住んでる友達なんていたっけ?」
「…………」
母の追及に黙って誤魔化そうとすると、先ほど起きたばかりの姉がニヤニヤしながら横から口を挟んできた。
「さては女の子?」
「…………」
引き続き黙秘を貫きながらかまぼこを口に入れる僕に、母が「え〜っ!?」と声を上げる。
これ以上突っ込まれる前に逃げたかったが、「餅つきなら、お餅大好きな智也も連れて行ってあげれば?」と提案され、弟の智也も一緒に行くことになった。
◇
食事を終え、智也と並んで自転車を漕ぎ出す。
同じ中学の学区とはいえ、美絵の家があるエリアまでは二十分ほどかかる。
有難いことに雪は降っていなかった。
智也も、ピッチャーではないが野球をやっているため、自然と部活の話になった。
「調子どう?」
「……ぼちぼち。一、二年に結構強いメンバーが揃ってるから、いいとこまでいけるかも」
「来年楽しみだな。頑張れよ」
「ん」
素っ気ない返事だが、どこか嬉しそうにペダルを漕ぐ横顔を見て、僕も頬が緩んだ。
公園に着くと、すでに多くの人で賑わっていた。
その中から美絵の姿を探すと――不思議なほど一瞬で見つけることができた。
美絵もすぐに僕に気づく。
目が合った瞬間、お互いに顔が綻んでしまった。
彼女が駆け寄ってきてくれて、向き合ったところでハッとする。
周囲の目を気にして、慌てて『ただの同級生』の表情を取り繕った。
「……明けましておめでとう」
「……おめでとうっ!」
斜め後ろにいた智也に視線を移すと、美絵のその美しさに面食らったのか目を丸くしている。
「こちら、弟の智也」
黙ってペコッと頭を下げた智也に、彼女は「初めまして」と微笑み返す。
智也には彼女のことを「中学の同級生で、大学が同じ森さん」と紹介しておいた。
「餅つき、あっちでやってるよ。お母さんもいるから……」
美絵に連れられて少し歩くと、近所の人たちと談笑している女性がいた。
「あらあ……」
僕の顔を見るなり、目尻を下げてニッコリと微笑む美絵のお母さん。
その柔らかい笑顔には、美絵の面影がはっきりとあった。
「……初めまして。瀬川祥太郎です。こっちは弟の智也です。美絵さんには……いつもお世話になっています」
緊張のあまり声が裏返りそうになるのを必死で抑え、なるべくハキハキと喋るように努める。
けれど最後の方はどうしても照れくさくて、お辞儀をしながら少し目を逸らしてしまった。
「あらあら……こちらこそお世話になっております。人見知りな美絵と仲良くしてもらって、本当にありがとう」
お母さんは、まるですべてお見通しのような、あたたかい眼差しを向けてくれた。
「あちらにいるのが、美絵の父です」
その視線の先には、大きな声で掛け声をしながら力強く杵を振っているお父さんの姿があった。
その時だ。
餅をひっくり返す役をやっていた年配の男性が、「いたた……」と腰をさすった。
顔を上げた美絵のお父さんと、ばっちり目が合う。
「おっ? そこに若い青年たちがいるじゃないか。ちょっとこっちに来て手伝ってくれ!」
「……えっ!?」
有無を言わさぬ勢いで呼び寄せられ――気がつけば、僕は見知らぬ人たちに囲まれながら、美絵のお父さんと絶妙なコンビネーションで餅をつくことになっていたのだった。
そして、今日。
予定通り、久しぶりに故郷の地を踏んだ。
上京してから大学生活とバイトの両立で慌ただしく、一度も帰省できていなかった我が家。
玄関の戸を開けると、早速カオスな光景が広がっていた。
こたつでは年越しで夜更かししたらしい姉の奈津子が丸くなって爆睡しており、縁側では父がどっしりと構えて新聞を読んでいる。
台所からは「もー、みんな手伝いなさいよ!」という母のぼやきと、祖母と一緒におせちの準備をする包丁の音が聞こえてきた。
二階に上がり、五つ下の弟・智也の部屋へと向かう。
――コンコン。
「智也?」
「……おー」
中学生男子らしく口数は少ないものの、内心は兄の帰省を喜んでいるような顔を見せてくれた。
我が家は少年野球の監督を務める父と、ついでに去年までコーチをしていた僕もいるため、子供たちや保護者が元旦の挨拶に寄ってくれたりもして、大変賑やかだった。
ようやく一息つき、「明けましておめでとう」と家族みんなでおせちを囲んだ。
世間話が一段落したところで、僕はわざと何でもないことのように切り出した。
「……そういえば。これ食べ終わったら、図書館の近くの公園でやってる餅つき大会に行ってくるわ」
「え、なんで?」
母がすかさず食いつく。
「いや、その近くに住んでる同級生に誘われたから」
「あんた、あの辺りに住んでる友達なんていたっけ?」
「…………」
母の追及に黙って誤魔化そうとすると、先ほど起きたばかりの姉がニヤニヤしながら横から口を挟んできた。
「さては女の子?」
「…………」
引き続き黙秘を貫きながらかまぼこを口に入れる僕に、母が「え〜っ!?」と声を上げる。
これ以上突っ込まれる前に逃げたかったが、「餅つきなら、お餅大好きな智也も連れて行ってあげれば?」と提案され、弟の智也も一緒に行くことになった。
◇
食事を終え、智也と並んで自転車を漕ぎ出す。
同じ中学の学区とはいえ、美絵の家があるエリアまでは二十分ほどかかる。
有難いことに雪は降っていなかった。
智也も、ピッチャーではないが野球をやっているため、自然と部活の話になった。
「調子どう?」
「……ぼちぼち。一、二年に結構強いメンバーが揃ってるから、いいとこまでいけるかも」
「来年楽しみだな。頑張れよ」
「ん」
素っ気ない返事だが、どこか嬉しそうにペダルを漕ぐ横顔を見て、僕も頬が緩んだ。
公園に着くと、すでに多くの人で賑わっていた。
その中から美絵の姿を探すと――不思議なほど一瞬で見つけることができた。
美絵もすぐに僕に気づく。
目が合った瞬間、お互いに顔が綻んでしまった。
彼女が駆け寄ってきてくれて、向き合ったところでハッとする。
周囲の目を気にして、慌てて『ただの同級生』の表情を取り繕った。
「……明けましておめでとう」
「……おめでとうっ!」
斜め後ろにいた智也に視線を移すと、美絵のその美しさに面食らったのか目を丸くしている。
「こちら、弟の智也」
黙ってペコッと頭を下げた智也に、彼女は「初めまして」と微笑み返す。
智也には彼女のことを「中学の同級生で、大学が同じ森さん」と紹介しておいた。
「餅つき、あっちでやってるよ。お母さんもいるから……」
美絵に連れられて少し歩くと、近所の人たちと談笑している女性がいた。
「あらあ……」
僕の顔を見るなり、目尻を下げてニッコリと微笑む美絵のお母さん。
その柔らかい笑顔には、美絵の面影がはっきりとあった。
「……初めまして。瀬川祥太郎です。こっちは弟の智也です。美絵さんには……いつもお世話になっています」
緊張のあまり声が裏返りそうになるのを必死で抑え、なるべくハキハキと喋るように努める。
けれど最後の方はどうしても照れくさくて、お辞儀をしながら少し目を逸らしてしまった。
「あらあら……こちらこそお世話になっております。人見知りな美絵と仲良くしてもらって、本当にありがとう」
お母さんは、まるですべてお見通しのような、あたたかい眼差しを向けてくれた。
「あちらにいるのが、美絵の父です」
その視線の先には、大きな声で掛け声をしながら力強く杵を振っているお父さんの姿があった。
その時だ。
餅をひっくり返す役をやっていた年配の男性が、「いたた……」と腰をさすった。
顔を上げた美絵のお父さんと、ばっちり目が合う。
「おっ? そこに若い青年たちがいるじゃないか。ちょっとこっちに来て手伝ってくれ!」
「……えっ!?」
有無を言わさぬ勢いで呼び寄せられ――気がつけば、僕は見知らぬ人たちに囲まれながら、美絵のお父さんと絶妙なコンビネーションで餅をつくことになっていたのだった。