ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。
 ◇

 翌朝。
 誕生日当日は休日で、丸一日予定を空けてくれた祥ちゃんと一緒にいられる。

 以前から私が行きたかった、大きな商業施設の中にある水族館へ出かけることにした。
「絶対に混むよね」と話し、気合を入れて早起きして向かうと、やはり最寄り駅に着いた時点ですでにホームは多くの人で賑わっていた。

 けれど、開館と同時になだれ込んだ水族館の内部は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 一歩足を踏み入れると、そこはまるで深い海の底。
 薄暗い空間は、幻想的な青い照明に照らし出されている。
 水の音をベースにした静かな環境音楽が心地よく響き、その穏やかなリズムに包まれていると、本当に海の中をゆっくりとお散歩しているような、不思議な感覚に満たされていく。

 手を繋ぎながら、色とりどりの熱帯魚や、ふわりふわりと漂うクラゲの水槽をゆっくりと眺めて歩いた。


 やがて、一番奥の広い空間にある、巨大な水槽の前に辿り着いた。

 大きなエイやサメから、群れをなす小さな魚たちまで、みんなが深い青色の中で優雅に泳ぎ回っている。

「わー……綺麗……」

 その光景に、すっかり見惚れてしまった。

 水槽の正面にあるベンチに並んで腰を下ろし、ぼんやりと青い世界を眺めていたとき。
 祥ちゃんが、ぽつりと口を開いた。

「……あのさ。俺、将来のこと迷ってるって言ってたけど……教師の道に進もうかなって思ってる」

 彼は、少年野球の大会での出来事や、そこで自分の無力さを痛感したこと、そして「誰かの成長に本気で向き合いたい」と心が動いたことを、静かに、熱を込めて話してくれた。

 青い光に照らされた瞳は、迷いがなく、真っ直ぐで……とても眩しい。

 一人で考えて、ちゃんと答えを出せるなんて、すごいな。
 祥ちゃんが「なる」と決めたのなら、絶対なれるに決まっている。

 でも——。

 先生になったら、どこで働くんだろう。
 東京に残るのかな。それとも、地元に帰るのかな。
 大学を卒業しても、私たちは一緒にいられるのだろうか。

『ずっと一緒にいられる?』

 その言葉が喉まで出かかったけれど、今の彼に向けるには、あまりにも重く感じてしまった。
 私はぐっと息を呑んで、その言葉を胸の奥に押し返した。

「……うん。応援する」

 精一杯の微笑みを作って頷くと、祥ちゃんは「ありがと」と、嬉しそうに目尻を下げた。

(よかった。間違えてない……)

 少し安堵して、彼の右肩にそっともたれかかった。

 目の前の巨大な水槽の中では、無数の魚たちがゆらゆらと泳ぎ続けている。

 大きくてあたたかい祥ちゃんという存在に包まれながら、確かな行き先を持たず、ただ揺らめいて不安げに彷徨っている――。
 今の自分を、その小さな魚たちに重ねてしまうのだった。
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