ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。

第28話

 グラウンドの端で、私は夢中になってその光景を見つめていた。

「肘、もう少し上げてみて。あ、そう。その角度」

 瀬川くんが、ボールの握り方を一人の少年に教えている。
 少年の手を包み込みながら、目線を合わせるために片膝をついている。
 その横顔は驚くほど優しくて、見ているだけで胸が締め付けられた。

(あんな顔で、子どもたちに接してるんだ……)

 私に向ける笑顔とも、友達といる時の顔とも違う。
 頼りがいのある、指導者の表情。
 そのギャップに、ひたすらときめきっぱなしだ。

「じゃあ、一回俺が投げてみるから、フォーム見ててな」

 瀬川くんが立ち上がり、キャッチャー役の子に向かってマウンド付近に立つ。

 その瞬間、私の周りの空気がピタリと止まった気がした。

 彼が、ゆっくりと振りかぶる。

 中学時代、遠くから何度も何度も見つめていた、あのしなやかなフォーム。
 肩を壊しているから、力みのないフォームだけれど。
 指先から放たれたボールは、糸を引くような軌道を描いて、キャッチャーミットに「パーン!」と心地よい音を響かせて収まった。

「うおー! すげー!」
「コーチ、今の球、はやい!」

 少年たちが目を輝かせて歓声を上げる。
 瀬川くんは「いやいや、しょっちゅう見てるじゃん」と照れくさそうに笑った。

 けれど、私の目頭は熱くなっていた。

 もう二度と見られないと思っていた、彼がマウンドでボールを投げる姿。
 全力じゃなくても、その姿はやっぱり、私の世界で一番カッコいい人だった。


 試合形式の練習が始まると、みんなの真剣な姿に心を打たれた。

 内野ゴロに飛びついて、盛大に転んで泥だらけになっても、すぐに立ち上がって一塁へボールを投げる。
 三振して悔し涙を拭いながらベンチへ戻る子に、瀬川くんがポンと肩を叩いて励ましている。

 汗と泥の匂い、土の匂い。
 一生懸命な彼らの姿と、それを温かく導く瀬川くんの姿から、一瞬たりとも目が離せない。

 見学時間はあっという間に過ぎていった。
< 48 / 183 >

この作品をシェア

pagetop