第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
(…それでも……)

声に出すと、壊れてしまいそうで、
心の中でだけ呟く。

セナを失う選択なんて、
したつもりはなかった。

彼が“身を引く”という形で、
私に選択を委ねたこと。

その覚悟の重さが、
今になって、遅れて胸に落ちてくる。

涙が、また溢れる。

「……好きでいてくれて、ありがとう……」

届かないとわかっていても。

「……生きてくれて、ありがとう……」

膝から崩れ落ちて、涙が溢れた。
どうしてか止まらなくて、肩が小さく震える。



微かな足音が聞こえ、

「……お嬢様外はまだ冷えますよ」

ユウリがそっとカーディガンをかけてくれる。

「ユウリ……」

ユウリは何も言わず、私と同じ目線になる。涙で濡れた私の顔を、そっと、壊れものに触れるみたいに拭ってくれる。

「わたしね……」

「はい」

「長年、拗らせてた初恋……終わらせたの」

ユウリは一瞬、驚いたように目を丸くした。
けれどすぐに、いつもの穏やかな微笑みに変わる。

「お嬢様」
静かに、やさしく言う。

「初恋は――
終わったわけじゃありませんよ」

少しだけ間を置いて、続けた。

「ただ……
貴女の中で、
静かに居場所を変えただけです」

その言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。

「……私も、そうですから」

そう言って、ユウリは小さく微笑んだ。

――これから先、
誰かと手を取り合って歩いても。
この想いは、消えない。
きっと、一生。

「……幸せに、なって……」

震える声で、そう呟く。
ユウリは、それを何も言わずに聞いてくれた。

私も――
幸せになるために。
前を向いて、進むから。

静かに、でも確かに。


あなたに恥じないように。

前を向く。
涙を拭いて。

――これは、
失った恋じゃない。

大切に、胸にしまう恋。
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