第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
執務室は、いつもより静かだった。
書類の匂いと、磨かれた木の机。
聞き慣れたはずの空気が、今日は少しだけ違って感じる。
私は、ソファに腰掛けていた。
もう痛みはない。
けれど、体の奥に残る疲労だけが、戦いの名残を告げている。
「……無理は、していないな?」
向かいの机から、父――アドルフが視線を寄こす。
「はい。もう大丈夫です」
そう答えると、彼は一度だけ書類から目を上げ、私を見た。
「医師の言葉を、信じていいという顔だな」
「疑っているように見えました?」
「少しな」
私はスッと息を吸う。
「……蝶の会で、
私はお父様の姿を見かけたんです」
静かな声だった。
私の記憶――
それは、母・アイリスとお父様が言い争っていた場面だと、ずっと思っていた。
けれど、それは違ったのだ。
一度、息を整える。
父は、否定も肯定もせず、ただ黙って聞いている。
「……サーフェスと話しているお父様も、見ました」
顔を上げる。
「あの時から、
お父様も動こうと決めていたんですね」
正直な言葉だった。
「来てくださるとは……思っていませんでした」
父は、迷いなく答える。
「当たり前だ」
低く、だが揺るぎのない声。
「娘一人に、すべてを背負わせるわけにはいかぬ。
殿下とは話をしていた。
いずれガイルを叩くため、協力もしていた」
そして、一拍。
「だが――
すべてを終わらせたのは、お前たちだ」
視線が、まっすぐ私を射抜く。
「本当によくやった」
胸の奥が、静かに震えた。
「……それから」
父は、少しだけ言いにくそうに続ける。
「マルクもな……
自分から“行く”と言った」
私は、思わず目を瞬いた。
「あいつの気持ちを、私は分かっていなかった」
短い沈黙。
「だから、今度は見守りながら指導していくことにした」
それは、拒絶ではなく――
確かな、受け入れの言葉。
私は、ゆっくりと頷く。
「……そうですね」
その一言に、
今の私が込められるすべてが詰まっていた。
書類の匂いと、磨かれた木の机。
聞き慣れたはずの空気が、今日は少しだけ違って感じる。
私は、ソファに腰掛けていた。
もう痛みはない。
けれど、体の奥に残る疲労だけが、戦いの名残を告げている。
「……無理は、していないな?」
向かいの机から、父――アドルフが視線を寄こす。
「はい。もう大丈夫です」
そう答えると、彼は一度だけ書類から目を上げ、私を見た。
「医師の言葉を、信じていいという顔だな」
「疑っているように見えました?」
「少しな」
私はスッと息を吸う。
「……蝶の会で、
私はお父様の姿を見かけたんです」
静かな声だった。
私の記憶――
それは、母・アイリスとお父様が言い争っていた場面だと、ずっと思っていた。
けれど、それは違ったのだ。
一度、息を整える。
父は、否定も肯定もせず、ただ黙って聞いている。
「……サーフェスと話しているお父様も、見ました」
顔を上げる。
「あの時から、
お父様も動こうと決めていたんですね」
正直な言葉だった。
「来てくださるとは……思っていませんでした」
父は、迷いなく答える。
「当たり前だ」
低く、だが揺るぎのない声。
「娘一人に、すべてを背負わせるわけにはいかぬ。
殿下とは話をしていた。
いずれガイルを叩くため、協力もしていた」
そして、一拍。
「だが――
すべてを終わらせたのは、お前たちだ」
視線が、まっすぐ私を射抜く。
「本当によくやった」
胸の奥が、静かに震えた。
「……それから」
父は、少しだけ言いにくそうに続ける。
「マルクもな……
自分から“行く”と言った」
私は、思わず目を瞬いた。
「あいつの気持ちを、私は分かっていなかった」
短い沈黙。
「だから、今度は見守りながら指導していくことにした」
それは、拒絶ではなく――
確かな、受け入れの言葉。
私は、ゆっくりと頷く。
「……そうですね」
その一言に、
今の私が込められるすべてが詰まっていた。