第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

番外編 執事と側近の気苦労

ユウリside

ガイルの件もようやく片付き、お嬢様の日常は少しずつ元に戻りつつあった。
殿下との婚約も続くようだが――お嬢様が幸せなら、それでいい。

レイが伯爵家に姿を見せたのは、昼下がりの柔らかな光が廊下に差し込む頃だった。

「レイさん、わざわざご足労いただきありがとうございます」

声をかけると、紫がかった黒髪に眼鏡をかけた青年――殿下の側近レイが、深く丁寧に頭を下げる。
その所作は無駄がなく、まるで計算されたように静かだ。

「ユウリさん。いえ、殿下の付き添いですので」

こうして二人きりで言葉を交わすのは、案外これが初めてかもしれない。
広い廊下には二人の足音だけが規則正しく響いていた。

ユウリは歩みを緩め、ふと横目でレイを見る。

「それにしても……殿下は本当に、お嬢様を王妃にするおつもりで?」

その声音は穏やかだが、探るような鋭さが潜んでいる。

レイは一瞬だけ目を細め、しかしすぐに柔らかく微笑んだ。

「どうでしょうね。ただ――手放す気は、さらさらありませんよ」

その言葉には、側近としての忠誠と、個人としての強い意志が混ざっていた。

私は小さく息を吐く。

「……そうですか」

廊下を渡る風が、二人の間の温度をほんの少しだけ変えた。
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