第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
レイside

執務室にて

「――殿下。
 ガイルの研究施設、確認できました」

書類から視線を上げ、殿下は一度だけ頷いた。

「わかった。ご苦労だったね」

「いえ」

それ以上の言葉は不要だ。
任務は果たした。判断は、主のもの。

殿下はしばし黙り込み、机に肘をついて考え込む。
その沈黙の長さを、私はよく知っている。

「……さて」

やがて独り言のように呟いた。

「まずは、婚約発表だね」

(やはり、そこからか)

「ええ。手筈はすでに整えてあります」
私は即答した。
「関係各所への根回し、貴族院、教会、王城内――すべて問題ありません」

「さすがだ」

殿下は小さく笑う。

「ティアナのドレスは?」

「ルイさんが準備しております。数日で完成すると」

「そちらも仕事が早いな」

淡々と交わされる言葉。
だが、その奥にある殿下の緊張を、私は見逃さなかった。

一拍、間を置く。

「……殿下」

「なんだい?」

私は一度、息を整えた。
自分でも意外なほど、言葉を選んでいると感じた。

「ティアナ様と、必ず結婚してください」

殿下が、きょとんと目を瞬かせる。

「まさか、レイにそんなことを言われるとは思わなかったな」

冗談めいた声音。

「それって、側近として……それとも?」

その言葉に被せる。

「私個人としての言葉です」

一拍の沈黙。
殿下は目を丸くした。
< 75 / 261 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop