非道な殺し屋頭領は、甘美な毒で花を欺く
壱.暗殺家業不知火家
 ゴクリとひとつ唾を飲み込むと、(もみじ)は団子屋の奥の座敷で胡座を掻く濃紺の着物の背中に忍び寄った。

 どこにいても目立つ男の赤い頭が、さっきからずっと船を漕いでいる。

(……今なら、いける!)

 赤髪の男の背後を取ると、袖に隠した小刀を引き抜く。これで、頚動脈をスッと一搔き――

 抜いた刀を男の首筋に当てようとして、椛は一瞬躊躇した。

 脳裏に浮かぶのは、飛び散る鮮血。

 赤は恐ろしい。特に、血の赤は――

 小刻みに手が震え、狙いがブレる。

(しっかりするのよ、椛……)

 小刀の柄を握り直したとき、カクンと男の頭が大きく前に倒れた。

「……ふがっ」と変な呻き声を出したあと、

「ああ、うっかり寝てしまった……」

 男が目をこすりながらぼやく。

(やばい……目を覚ました……)

 男の首に当てかけていた小刀を慌てて鞘に戻すと、男から数歩後ずさる。そのとき、少し刃が指を掠めてしまい、椛は悲鳴を飲み込んだ。

(ああ、また失敗してしまった……私はほんとうに出来損ないだ……)

 無言で走り去ろうとすると、

「すまない、椛。起こしに来てくれたんだな」

 男が振り向いて声をかけてきた。

「……はい。昼休みも終わりですから」

 何も気付いていない男の様子に、椛はほっとしつつ、悔しさに奥歯を噛んだ。

 出来損ないの椛の殺気にも気付けないような間抜けな男を、未だ手にかけられずにいるなんて――

「はあー。これから夕刻まで働かなければならないとは、おっくうだ」

 ゆっくりと立ち上がった男が、大口を開けて欠伸する。

 整った綺麗な顔をしているわりに、彼はふるまいが粗雑だ。

「またそんなことを……きっと午後からも店は大忙しですよ」

 そう言うと、椛は苦笑いした。
< 1 / 4 >

この作品をシェア

pagetop