非道な殺し屋頭領は、甘美な毒で花を欺く
「あ、あの……」

 あまり見られては困る。瞳孔の揺れで嘘がバレるかもしれない。椛は、これまで幾度となく失敗してきた出来損ないなのだから。

 どうしようもなく目を伏せると、男が椛の指を咥えた。

「だ、旦那様……!?」

 おもわず飛び上がりそうになる椛の指の血を舐めとると、男が袖から出した手拭いを裂いて止血する。

「気を付けろ。せっかく綺麗な手なのだから」
「ありがとうございます、旦那様……」

 細くした手拭いの端を結ぶ男の手を見つめながら、果たしてそうだろうかと自問する。

 椛の手は決して綺麗ではない。もちろん、見た目にという意味ではなくて。そして、男の手もそれは同じく――

「何度も言うが、ふたりのときは(あかつき)で構わない。あくまで俺たちは、仮の夫婦なんだから」
「はい……暁さん……」

 控えめに頷くと、男が涼やかな目元をふっとゆるめる。

 どこか甘い男のまなざしに惑わされそうになるが、彼が提示してきた仮の夫婦という関係があるおかげで、椛はいつも冷静になれる。

 惑わされてはいけない。最後に欺くのは、椛のほうなのだから。

「とりあえず、昼飯でも食べようか」

 にこっと笑うと、男が指に手拭いを巻いた椛の手をひく。

「お店は? そろそろお客さんが来ますよ」
「客なんて、待たせくらいがちょうどいいんだ。それより、俺は椛の飯が食いたい。午後の店を開けるのはそれからでも遅くないだろう」
「そんないい加減な……」

 気まぐれな男に苦笑いを浮かべながらも、椛は彼に従う。任務遂行のためには、従順なフリをしておくことが重要だ。

「おお、だんご汁か。美味そうだ」

 炊事場の釜戸にかけた鍋の蓋を開けると、男が無邪気に笑った。その表情に、ほんの少し椛の胸がざわつく。

 椛はひとつ深呼吸すると、男の手から鍋の蓋を奪った。

「よそいますから座っていて」
「ありがとう」

 にこっと嬉しそうな笑顔を見せられて、また胸がざわつくのはきっと気のせい。

 強く言い聞かせると、椛は食卓で待つ男の前にだんご汁のお椀を置いた。

「どうぞ、暁さん」
「いただきます」

 湯気の上がるお椀に顔を近づけて、男が目を細める。

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