雨は嫌いですか、私は好きです
 どうして迷いもなくそんなことを言えるのか。
 自分は別に、特別なことをしているわけではない。気を遣っているわけでも、励ましたわけでもない。
 むしろ——……。

(邪魔だと思う、って言ったのに)

 普通なら、少しくらい嫌な顔をされてもおかしくはない。
 それなのに一晴は笑っていた。
 あの人は、いつもそうだ。誰とでも自然に話して、楽しそうに笑っている。
 クラスの中心にいるような人。
 そんな人が。

(……無理してる、の?)

 思わずそんな考えが浮かんで、雨音は天井から視線を逸らした。
 もし、そうだとしたら。あの言葉は、どういう意味になるのだろう。

(私の隣だと、無理しなくていい……?)

 それはつまり。
 普段は、無理をしているということなのか。
 雨音は寝返りを打ち、枕に顔を半分埋めて小さく唸った。

「……別に」

 呟く声は小さく、枕に吸収される。自分でもよく聞こえないほどに。

「関係、ないし」

 クラスメイトの事情なんて、本当は気にする必要なんてない。
 同じ教室にいる人は皆友達だ。そんなことを考えていそうな呑気な人。一晴であれば、その無理を吐き出す相手だっているはず。
 わざわざ雨音が気にしなくていいし、雨音がその役割を請け負う必要なんてあるわけがない。

『小森さんって、俺に好かれようとか全然してこない』

 人は誰だって独りになることを恐れる。独りにならないように、他人に好かれようとする。
 ただ、雨音は、別に人に好かれたいから人に頼まれても断らないわけではない。
 生まれながらの性格上、人の圧力に耐えられないだけ。それが当たり前だと思っているだけなのだ。
 だから、一晴に好かれたいなどは思わない。
 一晴が勝手に安心しているだけでしかないのである。

(……でも、あの顔は嘘を吐いているわけじゃなさそうだし)

 雨音がいつも放課後に一人で教室の掃除をしていると言った時。
 そういうのは好きじゃないと、一晴はやけに真剣な顔で言った。あれは、少なからず雨音を心配しているから。
 それでも、どうしてか頭の中からその後に何度も見た悲しげな顔が離れない。
 遠回りした帰り道。
 傘を少し傾けていた横顔。
 あの時の声。

『小森さんの隣は落ち着く』

 雨音はぎゅっと目を閉じ、できるだけ思い出さないようにした。
 けれど、すでに頭の中は一晴と交わした会話の数々。駅まで遠回りをしたから、その数は昨日よりも多い。

(何を抱えてるんだろう……)

 もし本当に、あの言葉の通りなら。あの人は、何をそんなに無理しているのだろう。
 考えても答えは出ない。出ないのに、気になってしまう。
 しばらくして、雨音は小さく息を吐いた。

「……変な人」

 けれど、その言葉の後に頭に浮かんだのは、相変わらず笑っている一晴の顔だった。





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