1度ならず2度までも君に恋をする
「調査の結果、明確になったのはターゲットの心理的スイッチとしての欲求です。彼らが求めているのは、単なる癒やしではなく、難易度の高い仕事に立ち向かう前、精神を研ぎ澄ますための苦みです。

今回の『ビター・ノアール』は、その鋭い苦みと酸味で、意識を劇的に切り替える刺激を持っています。そしてその後に訪れる甘みの余韻。

 これらの根拠からコンセプトの方向性としては、この"媚びない苦みと、その先にある本物の甘み、戦う大人たちのためのチョコレート"という側面を前面に押し出したいと思っています。こちらからは以上です」


 佐久間さんがそう締めくくると、会議室には提示されたロジックを噛みしめるような沈黙が流れた。

 私は、自分が初めてこのチョコレートを口にした時のことを思い出し、密かに唇を噛んだ。あの後味の甘みを、単なる仕事終わりの贅沢な一粒だと解釈していた。

 以前ストプラ局に身を置いていたはずなのに、自分の分析がいかに甘く、表面的なものだったか。上司からの精確なリサーチ結果を突きつけられ、自分の未熟さを感じた。


「ありがとうございます。今のストプラの分析とコンセプトの方向性について、何か確認しておきたいことや、質疑はありますか?」


 海くんの言葉で夏帆ちゃんがその場で挙手をする。

 海くんが「どうぞ」と許可をすると、夏帆ちゃんは、手元の資料を確認しながら発言をする。


「一点だけ、質問よろしいでしょうか?これ、市販のチョコレートとしてはかなり強気な価格設定ですよね? 税抜きで四百五十円…。これだけ高額だと、いくらターゲットが働く男女といっても、日常的に手を出すには少しハードルが高い気がするのですが…、そのあたりどうお考えですか?」


 夏帆ちゃんの問いは、この場にいる全員が薄々感じていた懸念を代弁するものだった。
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