恋は手のひらの上で
…もうだめだ。
すべてが彼には見えていたんだと思うと、それもつらい。

でも、胸の奥はちゃんと熱い。


「そんなところ、見なくていいんですよ…」

小さく言うと、椎名さんは不服そうに眉を寄せた。

「見てしまったから、こうして好きになったんですよ」

その言い方が、あまりにも真面目で。


この人、たぶん全部分かってる。
計算してこれだというなら、私はもうずっと彼の手の上で踊らされている。


悔しくて、私は一歩踏み出す。
驚いた顔を見たかった。それだけの衝動で。

椎名さんのネクタイを、ぐいっと引いた。

背伸びをして、ネクタイを引いた分、彼を無理やりかがませる。


ほんの一瞬、唇が触れた。

自分でも、何をしたのか分からない。
でも、次の瞬間、椎名さんが固まったことは分かった。

目が、明らかに驚いている。
たぶん、私がこんなことをするなんて思っていなかったはずだ。


「私だって、こういうことするんですよ」

手の上で転がされるのは、絶対に嫌。
私が今度は転がしてやるくらいの気持ちで言った。

まだ動かない椎名さんの茶色い瞳は、初めてここまで近い距離で見れた。
きれいな、茶色。他の人にはない、やさしい色。

「最初は、手が、あまりにも好きで」

私の絞り出した声が、彼に届いてるかどうかは分からない。
だけど続ける。

「でも、もう今は全部が好き」


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