恋は手のひらの上で
おもむろに彼を呼ぶと、こちらを向く気配。

「手」

椎名さんが、わずかに首をかしげた。

「手?」

「出して」


椎名さんは言われるがまま、ゆっくり右手を差し出した。
意味は分かっていない顔。

私はその手に、自分の手のひらを重ねる。

椎名さんが、少しだけ目を見開いた。

「…そういうこと?」

私はうなずいて、その手を見たまま言う。

「はい。やっぱり好きです、この手」

一瞬、沈黙。
それから私は顔を上げて、彼を見つめる。

「椎名さんの、全部が好きです」


彼は驚くでもなく、わずかに口元に笑みを浮かべた。
大きな手が、私の手を包み直す。

ぎゅっと。
握り直された。

その感触に、心臓が跳ねる。
椎名さんが小さく息を吐く。仕方ないな、みたいに。

それから、低い声で言った。


「…知ってる」

敬語じゃない。


その声が、思ったより低くて。
私はまた、顔が熱くなった。


エレベーターが、静かに降りていく。

重なったままの手は、ほどける気配はなかった。

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