恋は手のひらの上で
つい今しがたネクタイを緩めていた手が、私のノートパソコンのキーボードの横に置かれる。

近い。
触れない距離。
でも、体温は想像できる距離。

「遅くないです。慎重なのは悪いことじゃない」

こうやって静かに肯定してくれることが、どれだけ幸せなんだろう。
するとふっと彼は笑いかけてくれた。

「三千円、いい判断でしたよ。二百円分、さらに頑張りましょう」

「…はい」


その声を聞きながら、私はもう一度その手を見る。

この人は、きっと私が決めるのを待っていた。
この手で、押さずに。ただ、支える準備をして。

胸の奥に、静かでやわらかいものが満ちていく。
数字は冷静なのに、距離だけが、少しだけ近かった。



その後、必要なデータを入力し終えた私たちは、資料を保存し、パソコンを閉じた。


椎名さんが立ち上がる。

「今日はありがとうございました」

もう、完全に仕事の声に戻っている。

でも、ネクタイはさっきより少しだけ緩んだままだ。
とはいえ、気づく人しか気づかない程度だ。

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