恋は手のひらの上で
ノートパソコン、タブレット、大量の資料、ファイル。
忘れ物がないか確認してトートバッグに詰め込んで、やっと荷物がまとまった。

まだ会議室の片付けをしてくれている椎名さんの背中へ声をかける。

「あの、今日はありがとうございました」

振り返った彼の髪は、夕方の日差しを受けて赤みのある茶色に見えた。色素の薄い、やわらかな。


「こちらこそ。ありがとうございました。…あ、そういえば」

彼の視線が私の足元へ移る。

「足、大丈夫ですか」

「…えっ?」

私の、決意のヒールがなぜ彼に分かったの?
と、変な声で聞き返してしまった。

「ここに来た時に、エントランスでつまずいてませんでしたか?足をくじいたのではと」

いたって真面目に返され、私は息を飲む。


─────まさに、履き慣れない高さのヒールに苦戦して、そしてこの会社の大きさにビビってしまって、一階のエントランスで派手につまずいて朝倉課長の大きな背中に激突したんだった。

ここに来てすぐの出来事。
見られていたとは。

顔に熱が集まる。

「す、すみません。今日、気合いを入れるつもりで背伸びしてきてしまって…」

足元には、七センチのグレージュのパンプス。
慣れないことなんて、するもんじゃないな。

そう思っていたところに、「いえ、」と椎名さんの声が入り込んできた。

「似合ってますよ」

そんなこと、言われると思っていなかった。
はっとして顔を上げたら、彼はやさしく笑っていた。

「背伸び、悪くないと思います」

胸の奥が、じん、とする。
今日一日の緊張と疲れを、吹き飛ばすような言葉だった。


その言葉を、私は持ち帰ることになる。




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