第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

嫉妬


ディランが、ぐっと私の手を引いた。
その力は強いのに、動きは妙に静かだった。

「ディラン――」

呼びかけても、その手は止まらない。
人通りの少ない路地へと引き込まれ、気づけば二人きりになっていた。

冷たい空気よりも、彼の沈黙のほうがずっと重い。

「……なぜ、兄と一緒にいた?」

低い声。
怒鳴りはしない。
けれど、底に沈んだ怒りがはっきりとわかる。

「たまたまです」

そう答えると、ディランの目が細くなる。

「たまたま、ね」

静かに繰り返す声が、逆に怖い。

「君が望むまで、俺は触れないつもりだった。
そう言ったのに……」

一拍置かれた沈黙が、ひどく冷たい。

「兄上が君に触れようとした瞬間、胸の奥が焼けるようだった。
他の男が君に触れるくらいなら……俺は耐えられない」

声は低く、淡々としている。
けれど、その静けさの奥で、嫉妬が鋭く光っていた。

「俺は、君を…失いたくないんだ」

次の瞬間、抑えていた感情がわずかに溢れ、
距離を詰められ、唇が強引に重なった。

――静かな怒りのまま、衝動だけが走ったようなキス。

私ははっきりと手を伸ばし、とん、と彼の胸を押し返した。

ディランは、はっとしたように目を見開く。
自分の行為に気づいた瞬間、怒りの熱がすっと引いていく。

そして――ひどく、悲しそうな顔をした。

「……すまない」

静かに自分を責める声。

「……いえ」

私は短くそう答えた。

拒絶でも、許容でもない。
ただ、今はここまでだと伝えるための言葉。

沈黙が落ちる。
冷たい風が、二人の間を静かに通り抜けていった。
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