第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
「……近いです」

わずかに身を引くと、ディランの影が私の肩に落ちた。
彼は楽しげに目を細め、わざと距離を詰めてくる。

「君の可愛い顔が見たくてね」

低い声が耳元をかすめ、思わず背筋が跳ねた。

その瞬間――

ゴホン、とわざとらしい咳払いが響く。
ユウリだ。
腕を組み、明らかに“見ているぞ”という視線をこちらに向けている。

それに対し、

「チッ」

アリスが露骨に舌打ちした。
彼女はディランを睨みつけながら、私の背後にすっと立つ。
まるで“これ以上近づいたら許しません”と言わんばかりだ。

2人の反応を見て、ディランは肩をすくめ、苦笑を浮かべた。

「さすが、君の執事と侍女だな。護衛として優秀すぎる」

「ありがとうございます。お帰りは、あちらですよ」

アリスが扉を指さす。
その仕草は静かだが、追い出す気満々だ。

「相変わらずクールだな」

ディランは軽く笑い、しかし視線は私から離さない。

「……それで、話を戻していいですか」

「もちろん」

「婚約を破棄しない、というのは――なぜですか」

問いかけると、ディランは一瞬も迷わず答えた。

「君のことが好きだから」

即答だった。
あまりにも真っ直ぐで、胸がどくりと跳ねる。

「……そうではなくて。
 正直、ガイルの件もありましたし、この婚約も有耶無耶になると思っていました」

「そうはさせないよ」

ディランの声が、先ほどより少しだけ低くなる。
軽さを抑えた、芯のある響き。

「……」

「というかね」

彼はわずかに表情を引き締めた。
ふざけた色を消し、王太子としての顔になる。

「あれだけ盛大に婚約発表をしておいて、
 やっぱり破棄します、なんて言ったら――国民が困惑する」

「まだ、あれから半年も経っていないんだよ」

静かな言葉なのに、重みがあった。
責任と覚悟を背負う者の声だ。

その真剣さに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
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