刺繍に込めた本当の幸福
仕立て屋のシルヴィン
 これは不思議な町の、不思議な住民のお話。
 
 街の洋服屋、シルヴァンは、とてもおとなしい性格で、細々と、けれど平穏に暮らしていました。
 
 これといった技術はないはずなのに、なぜか彼の作る洋服には、ほんの些細な魔法が込められていると噂になっていました。

 彼の針が通った洋服を着ると、何故だか元気になる。心が落ち着く。明日が楽しみになる――と言う者さえいたのです。

 そんな彼の密やかな噂を聞きつけて、お客さんは遥々遠くからも訪れます。

 牛のように大きなフクロウ。 海に沈む海賊の亡骸。
 そして、はるか銀河の天頂から舞い降りた、南十字星。

 彼らはみな、シルヴァンの仕立てる服を求めてやってくるのです。

 そんなある日のこと。 シルヴァンが密かに想いを寄せる、透明な娘、ルミナがお店に訪れました。

 入り口のドアが開くと、誰もいないはずの空間から、リンドウの花を揺らすような優しい風が吹き込みます。

「いらっしゃいませ。今日のご用件は何に致しましょう」

 シルヴァンの心はドキ、ドキ、と不器用なリズムを刻んでます。

「ふふっ。そうね。今日もあの。不思議な洋服は?」

「はい。ありますよ。お客様のためにご準備して待っていました」
< 1 / 29 >

この作品をシェア

pagetop