刺繍に込めた本当の幸福
契約
そんなある日のこと。店の前に、この街の澱(よど)んだ空気にはあまりに不釣り合いな、一台の馬車が止まりました。
それはこれ見よがしな装飾を施した、鏡のように磨かれた漆黒の馬車でした。
降りてきたのは、上等な羅紗(らしゃ)のコートに身を包んだ四十代ほどの紳士です。
彼は店に入るなり、紳士の纏(まと)う鼻をつく香料の匂いが、店内にわずかに残っていたリンドウの清らかな余韻を無残にかき消していきました。
シルヴァンは、自分の喉の奥が凍りつくのを感じました。
鼻をつく香水の染みたハンカチで口を覆い、まるで埃(ほこり)のひと粒さえも忌み嫌うかのように、冷ややかな目で店内をなめ回しました。
散らかった作業台の上には、あの不気味なほど赤いハサミ。そして、狂おしいほどに何度も書き連ねられた「ルミナ」の文字。紳士はそれを見つけると、口角を歪めてニヤリと下卑(げび)た笑いを浮かべました。
シルヴァンは弾かれたように、そのノートを胸に抱き抱え、大切な宝物を隠すように背を向けました。
ノートを抱くシルヴァンの腕には、もう力など残っていないはずなのに、その時だけは岩のように固く、決して離さないという強い意志が、細い指先に宿っていました。
「……いらっしゃいませ」
控えめな、消え入りそうなシルヴァンの挨拶に、紳士は獲物を品定めするような目を向けました
それはこれ見よがしな装飾を施した、鏡のように磨かれた漆黒の馬車でした。
降りてきたのは、上等な羅紗(らしゃ)のコートに身を包んだ四十代ほどの紳士です。
彼は店に入るなり、紳士の纏(まと)う鼻をつく香料の匂いが、店内にわずかに残っていたリンドウの清らかな余韻を無残にかき消していきました。
シルヴァンは、自分の喉の奥が凍りつくのを感じました。
鼻をつく香水の染みたハンカチで口を覆い、まるで埃(ほこり)のひと粒さえも忌み嫌うかのように、冷ややかな目で店内をなめ回しました。
散らかった作業台の上には、あの不気味なほど赤いハサミ。そして、狂おしいほどに何度も書き連ねられた「ルミナ」の文字。紳士はそれを見つけると、口角を歪めてニヤリと下卑(げび)た笑いを浮かべました。
シルヴァンは弾かれたように、そのノートを胸に抱き抱え、大切な宝物を隠すように背を向けました。
ノートを抱くシルヴァンの腕には、もう力など残っていないはずなのに、その時だけは岩のように固く、決して離さないという強い意志が、細い指先に宿っていました。
「……いらっしゃいませ」
控えめな、消え入りそうなシルヴァンの挨拶に、紳士は獲物を品定めするような目を向けました