鷹宮先輩、ズルいです 〜泣き顔を拾われたら、極甘上司に溺愛されました〜
第13話 他人の彼女じゃなく、アナタのカノジョ
雑貨や服が並ぶ二階フロアを、鷹宮先輩と並んで歩く。
日用品や必要なものを買い足していくうち、いつの間にか歩幅まで揃っていた。
あたしが立ち止まれば、先輩も止まる。
それが、妙に心地いい。
ふと、ディスプレイに掛かった服に目が留まった。
深いボルドーのボトルネックニットに、レースを重ねたドッキングワンピース。
凛とした冬に似合いそうな、大人っぽい一着。
「……これ」
「葵」
呼ばれて顔を上げると、鷹宮先輩がその服を指していた。
「着たらええやん」
「え?」
あたしより迷いのない顔。
「色も形も、葵向きや」
「ちょっと大人っぽくないですか?」
「こういうの、似合うで」
即答だった。
そこへ店員さんが近づいてくる。
「よければ試着してみます?」
一瞬だけ考えた鷹宮先輩が頷いた。
「見たい」
あまりに迷いのない声で言われて、返事より先に頬が熱くなる。
(ずるい……そんな言い方)
試着室のカーテンを開けると、先輩が壁にもたれて待っていた。
「……派手すぎません?これじゃ、どこか高級なレストラン行くみたいで」
気恥ずかしくて裾を弄るあたしに、鷹宮先輩が近づいた。
視線が足元からゆっくり上がり、最後に顔で止まる。
「……ほらな」
不意に、鷹宮先輩が試着室のカーテンの内側へ半歩踏み込んできた。
「そこ、ちょっと曲がってる」
彼の指先が、あたしの襟元を整えるようにゆっくりと触れた。
「……似合いすぎやろ」
狭い空間に、二人の距離がゼロになる。
「これは着るやろ……絶対」
有無を言わせない声に、何も言えなくなる。
「決定事項。買うてくる」
そのあとも鷹宮先輩は、普段着を何着か選んでくれた。
気づけば紙袋が増えていて、あたしは甘やかされるまま隣を歩いていた。
***
次に連れていかれたのは、メガネショップ。
「最近、仕事用が合わんくなってきて」
鷹宮先輩は何本かフレームを試している。
「なぁ葵、どう?」
二本のメガネをかけ替えて、真正面から見られる。
(……近い)
「どっちがええ?」
「……こっち、ですかね」
あたしは、ネイビーの細い丸フレームを指す。
「理由は?」
「柔らかい……です。さっきのは少し強そうで」
先輩が小さく笑った。
「よぉ見てんな」
そのまま、あたしが選んだ方をかける。
「ほな、これにする」
「え、もう決めるんですか?」
「葵がええ言うたやろ」
それだけ言って、レジへ向かった。
(……あたしの意見)
嬉しい気持ちがまた一つ積み重なる。
メガネを受け取ったあと、日用品フロアへ。
シーツ売り場で足を止める。
「ここ見ていいですか?」
「ええで」
棚を見ていると、鷹宮先輩が眉を上げた。
「シーツ?」
「はい。いつまでも借りるのも申し訳ないので」
そう言って、サンプル生地を触ってみる。
「これ、肌触りいいですね」
鷹宮先輩も同じように確かめている。
「……悪ないな」
「じゃあ、これに――」
言い終わる前に、即答する声。
「いらん」
「でも……」
「俺の使ったらええやろ」
理解が追い付かないのに、しっかり念押しされる。
「俺の、使え」
(え……?)
「……何想像してんねん。替えのシーツのことやで?葵チャン」
今日一番の意地悪な笑顔の鷹宮先輩。
「今さらやろ」
同居。
名前呼び。
手つなぎ。
そして――シーツ。
彼女でもないのに、
どうしてこんなふうに、生活の中まで入り込んでくるんだろう。
「葵?」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。
「変に気ぃ遣わんでええ。家では楽にしとけ」
……それが一番、楽じゃない。
(彼氏ムーブ強すぎません?)
それでも――
この人の隣にいる時間を、
もう「特別」だと思い始めてる自分に、薄々気づいていた。
***
休憩しようとカフェへ向かう途中。
バラエティショップのリップ売り場で足が止まった。
「これ、かわいい……」
「どれ」
鷹宮先輩がすぐ隣に立つ。
あたしは、気になった色のテスターを唇に乗せる。
その瞬間。
「これやな」
鷹宮先輩が、違う色を手に取る。
「え?」
次の瞬間、彼の指先があたしの下唇にそっと触れた。
さっき付けた色を、ゆっくり拭っていく。
「動かんとき」
選んだ色をのせた指先が、唇に触れる。
「葵は、こっちやな」
距離が近すぎて、息を忘れるほど。
触れられた場所が、じんわり熱を帯びていく。
「ほら。鏡」
鷹宮先輩が指を離して、一歩下がる。
赤でもピンクでもない。
さっきより、ずっと自然な色。
艶やかで潤いのあるキレイなコーラルレッド。
「似合ってます?」
「せやから言うたやろ」
あたしよりも自信ありげに、目を細めた。
「買うてくる」
「え、でも……」
「素直に甘やかされとき」
そう言って、鷹宮先輩がレジへ行く。
待っていると、突然、声をかけられた。
「お姉さ〜ん、ちょっといいですか?」
知らない男たちが距離を詰めてくる。
困って後ずさった、その時。
「……俺の連れに、気安く触れんな」
背後から、絶対零度の地を這う声。
振り返る間もなく、強い力で肩を引き寄せられる。
鼻先をかすめる、よく知っているシトラスの香りと、隠しきれない苛立ち。
紙袋を下げた鷹宮先輩が、侮蔑すら滲ませない。ただ冷えきった視線に、男たちは慌てて去っていく。
「……せんぱい」
恐る恐る顔をのぞき込むと、鷹宮先輩は深くため息をついて、あたしの唇をじっと見つめた。
「……やっぱりな」
肩を抱き寄せられ、背中が胸板に当たる。
彼から発せられる熱が、冷たい空気を一瞬で塗り替えていった。
「この色、似合いすぎや。余計な虫まで寄ってくる」
(……それ、本気で言ってる?)
呆れるより先に、顔が熱くなる。
何も言わず、彼の手が、ただ指の隙間を埋めるようにさらに深く絡めて包む。
「何もなくてよかった。ほんま……放っとかれへんな葵は」
独占欲を隠そうともしない、熱を帯びた声。
逃がさないと言わんばかりの力。
(それ、彼女に言うセリフでは?)
「それ、付けたらまた見せてな」
「……はい」
きっとこの人にとっては深い意味なんてない。
似合うと思った色を選んで、買っただけ。
――それだけなのに。
(これ……彼女と、何が違うの)
(あたしじゃなくて、“他の誰か”でもいいの?)
自分の中で、ずっと「他人の彼女」に向けていた羨望が、ゆっくりと形を変え始める。
羨ましいんじゃない。
鷹宮先輩に、そうしてほしい。
(――ああ、そうか)
(たとえそれが、逃げ道のない甘さだとしても)
他人の彼女じゃ、いやだ。
誰かに選ばれる恋なんて、いらない。
あたしは――
アナタの隣にいられる“名前”が、ほしい。
鷹宮先輩の手をぎゅっと握りしめた指先が、
少しだけ震えた。
日用品や必要なものを買い足していくうち、いつの間にか歩幅まで揃っていた。
あたしが立ち止まれば、先輩も止まる。
それが、妙に心地いい。
ふと、ディスプレイに掛かった服に目が留まった。
深いボルドーのボトルネックニットに、レースを重ねたドッキングワンピース。
凛とした冬に似合いそうな、大人っぽい一着。
「……これ」
「葵」
呼ばれて顔を上げると、鷹宮先輩がその服を指していた。
「着たらええやん」
「え?」
あたしより迷いのない顔。
「色も形も、葵向きや」
「ちょっと大人っぽくないですか?」
「こういうの、似合うで」
即答だった。
そこへ店員さんが近づいてくる。
「よければ試着してみます?」
一瞬だけ考えた鷹宮先輩が頷いた。
「見たい」
あまりに迷いのない声で言われて、返事より先に頬が熱くなる。
(ずるい……そんな言い方)
試着室のカーテンを開けると、先輩が壁にもたれて待っていた。
「……派手すぎません?これじゃ、どこか高級なレストラン行くみたいで」
気恥ずかしくて裾を弄るあたしに、鷹宮先輩が近づいた。
視線が足元からゆっくり上がり、最後に顔で止まる。
「……ほらな」
不意に、鷹宮先輩が試着室のカーテンの内側へ半歩踏み込んできた。
「そこ、ちょっと曲がってる」
彼の指先が、あたしの襟元を整えるようにゆっくりと触れた。
「……似合いすぎやろ」
狭い空間に、二人の距離がゼロになる。
「これは着るやろ……絶対」
有無を言わせない声に、何も言えなくなる。
「決定事項。買うてくる」
そのあとも鷹宮先輩は、普段着を何着か選んでくれた。
気づけば紙袋が増えていて、あたしは甘やかされるまま隣を歩いていた。
***
次に連れていかれたのは、メガネショップ。
「最近、仕事用が合わんくなってきて」
鷹宮先輩は何本かフレームを試している。
「なぁ葵、どう?」
二本のメガネをかけ替えて、真正面から見られる。
(……近い)
「どっちがええ?」
「……こっち、ですかね」
あたしは、ネイビーの細い丸フレームを指す。
「理由は?」
「柔らかい……です。さっきのは少し強そうで」
先輩が小さく笑った。
「よぉ見てんな」
そのまま、あたしが選んだ方をかける。
「ほな、これにする」
「え、もう決めるんですか?」
「葵がええ言うたやろ」
それだけ言って、レジへ向かった。
(……あたしの意見)
嬉しい気持ちがまた一つ積み重なる。
メガネを受け取ったあと、日用品フロアへ。
シーツ売り場で足を止める。
「ここ見ていいですか?」
「ええで」
棚を見ていると、鷹宮先輩が眉を上げた。
「シーツ?」
「はい。いつまでも借りるのも申し訳ないので」
そう言って、サンプル生地を触ってみる。
「これ、肌触りいいですね」
鷹宮先輩も同じように確かめている。
「……悪ないな」
「じゃあ、これに――」
言い終わる前に、即答する声。
「いらん」
「でも……」
「俺の使ったらええやろ」
理解が追い付かないのに、しっかり念押しされる。
「俺の、使え」
(え……?)
「……何想像してんねん。替えのシーツのことやで?葵チャン」
今日一番の意地悪な笑顔の鷹宮先輩。
「今さらやろ」
同居。
名前呼び。
手つなぎ。
そして――シーツ。
彼女でもないのに、
どうしてこんなふうに、生活の中まで入り込んでくるんだろう。
「葵?」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。
「変に気ぃ遣わんでええ。家では楽にしとけ」
……それが一番、楽じゃない。
(彼氏ムーブ強すぎません?)
それでも――
この人の隣にいる時間を、
もう「特別」だと思い始めてる自分に、薄々気づいていた。
***
休憩しようとカフェへ向かう途中。
バラエティショップのリップ売り場で足が止まった。
「これ、かわいい……」
「どれ」
鷹宮先輩がすぐ隣に立つ。
あたしは、気になった色のテスターを唇に乗せる。
その瞬間。
「これやな」
鷹宮先輩が、違う色を手に取る。
「え?」
次の瞬間、彼の指先があたしの下唇にそっと触れた。
さっき付けた色を、ゆっくり拭っていく。
「動かんとき」
選んだ色をのせた指先が、唇に触れる。
「葵は、こっちやな」
距離が近すぎて、息を忘れるほど。
触れられた場所が、じんわり熱を帯びていく。
「ほら。鏡」
鷹宮先輩が指を離して、一歩下がる。
赤でもピンクでもない。
さっきより、ずっと自然な色。
艶やかで潤いのあるキレイなコーラルレッド。
「似合ってます?」
「せやから言うたやろ」
あたしよりも自信ありげに、目を細めた。
「買うてくる」
「え、でも……」
「素直に甘やかされとき」
そう言って、鷹宮先輩がレジへ行く。
待っていると、突然、声をかけられた。
「お姉さ〜ん、ちょっといいですか?」
知らない男たちが距離を詰めてくる。
困って後ずさった、その時。
「……俺の連れに、気安く触れんな」
背後から、絶対零度の地を這う声。
振り返る間もなく、強い力で肩を引き寄せられる。
鼻先をかすめる、よく知っているシトラスの香りと、隠しきれない苛立ち。
紙袋を下げた鷹宮先輩が、侮蔑すら滲ませない。ただ冷えきった視線に、男たちは慌てて去っていく。
「……せんぱい」
恐る恐る顔をのぞき込むと、鷹宮先輩は深くため息をついて、あたしの唇をじっと見つめた。
「……やっぱりな」
肩を抱き寄せられ、背中が胸板に当たる。
彼から発せられる熱が、冷たい空気を一瞬で塗り替えていった。
「この色、似合いすぎや。余計な虫まで寄ってくる」
(……それ、本気で言ってる?)
呆れるより先に、顔が熱くなる。
何も言わず、彼の手が、ただ指の隙間を埋めるようにさらに深く絡めて包む。
「何もなくてよかった。ほんま……放っとかれへんな葵は」
独占欲を隠そうともしない、熱を帯びた声。
逃がさないと言わんばかりの力。
(それ、彼女に言うセリフでは?)
「それ、付けたらまた見せてな」
「……はい」
きっとこの人にとっては深い意味なんてない。
似合うと思った色を選んで、買っただけ。
――それだけなのに。
(これ……彼女と、何が違うの)
(あたしじゃなくて、“他の誰か”でもいいの?)
自分の中で、ずっと「他人の彼女」に向けていた羨望が、ゆっくりと形を変え始める。
羨ましいんじゃない。
鷹宮先輩に、そうしてほしい。
(――ああ、そうか)
(たとえそれが、逃げ道のない甘さだとしても)
他人の彼女じゃ、いやだ。
誰かに選ばれる恋なんて、いらない。
あたしは――
アナタの隣にいられる“名前”が、ほしい。
鷹宮先輩の手をぎゅっと握りしめた指先が、
少しだけ震えた。