鷹宮先輩、ズルいです 〜泣き顔を拾われたら、極甘上司に溺愛されました〜
第17話 365ニチブンノ1
あの夜から、朝の支度は文字通り飛び起きるような騒ぎになった。
玄関で焦りながらコートを羽織るあたしの腰を、鷹宮先輩がぐいっと引き寄せる。
「ん、充電完了。行こか」
触れるだけの、羽のような軽いキス。
(……もっとしてほしいなんて、言えるわけない)
あたしの思惑は見透かされていたようで、先輩が耳元で低く囁く。
「葵、続きは帰ったらな。……そんな顔されたら、まじで仕事行かれへんくなるわ」
一段低く艶めいた声音。
「このままベッドに連れ戻したくなるから」
繋いだ手は、そのまま先輩のコートのポケットに滑り込む。
掌から伝わる熱が、愛おしそうにあたしを包み込んだ。
***
ランチに誘った雪乃先輩に報告すると、我が事のように喜んでくれた。
「フッ……璋の理性崩壊、思ったより早かったわね」
「え? 何か言いました?」
「ううん、こっちの話〜。それより今月はイベント続きでしょ? 璋の誕生日もあるし」
「……誕生日?」
「12月15日。……あいつ、いろいろあって自分の誕生日には興味がないのよね」
「実家のことで色々あんのよ。あんまり、笑って話さないでしょ?」
「たしかに……じゃあ尚更、楽しい想い出にしないとですね」
(……璋さんの誕生日の記憶、あたしが全部「幸せ」で塗り替えてやるんやから)
あたしは一人、静かに拳を握った。
「……ほーりーが隣にいてくれて、本当によかったわ」
雪乃先輩の静かな呟きは、店内の喧騒に消えていった。
***
「ただいま――」
「おかえりなさい! お疲れ様でした」
鼻の先を赤くして帰宅した鷹宮先輩は、まるで大型犬のよう。
「あかん、一気に腹へった。葵の作るメシは身体に染みるわぁ」
二人であつあつの鍋焼きうどんを啜る。
彼が薄味を好むこと、関西風の出汁が「落ち着く味」であること。
一緒に暮らして初めて知る彼の一面が、愛おしくてたまらない。
食後のコーヒーを手にソファで寛ぐ彼に、あたしは意を決して切り出した。
「あの……鷹宮先輩、もうすぐ誕生日ですよね?」
「……雪乃に吹き込まれた? まあ、三十路になるオッサンやし、祝うほどのことでもないで」
伏せられた睫毛の影に、仄暗い孤独が滲む。
これ以上は踏み込めない。
けれど、彼を遠くに感じたくなくて、しがみつくように抱きついた。
「あたしはお祝いしたいです。……かのじょ、ですし」
「……かのじょ、な」
小さく繰り返した声が、妙に低い。
「そんな自覚されたら、余計手放されへんくなるやろ」
「あたしもです……楽しみにしててくださいね」
そう言って、腕の中の体温をもう一度強く抱きしめた。
***
次の日。
あたしは百貨店の紳士服売場にいた。
仕事中の鋭い横顔、プリンを食べている時の緩んだ顔。
どれも、璋さんに、かっこよく似合いすぎて選べない。
迷子になりかけたその時、ショーケースの中で白蝶貝が淡く輝いていた。
「贈り物でお探しでしょうか?」
「はい……その、彼氏に……」
自分の口から出た響きに顔が熱くなる。
シルバーの台座に収まったネクタイピンとカフスボタン。
白蝶貝が、淡く光を弾いていた。
――あの夜。
逃がさへん、と囁いたあの瞳。
優しいのに抗えない光に、少しだけ似ている気がした。
「これに、します」
包装された紙袋を受け取って、あたしは急ぎ足で帰路についた。
***
「なんや、えらいご機嫌さんやなぁ」
ドライヤーの温風に混じる声。
「……12月15日までナイショです」
「へぇ〜。俺に隠し事するんやなぁ〜」
いたずらっ子のように笑う顔。
「……その顔と声はズルいですっ」
「そっくりそのまま返すわ。ほんまその顔、他の男に見せたらアカンで」
「ん、乾いたで」
ドライヤーの音が止まる。
次の瞬間――
かぷっと唇を噛み付かれた。
「……たかみや……せんぱっ……」
「んー?」
抗議の声は、深く熱い唇で塞がれる。
「……あっぶな……」
先輩が額を預けて低く笑う。
不意に膝の裏に腕を通され、身体がふわりと浮いた。
「仕事せなあかんから、葵は先に寝といて」
「せ、先輩っ、自分で行けますから……っ!」
「ええから。黙ってお姫様抱っこされとき」
暗がりのベッドへ羽のように優しく降ろされる。
「おやすみ、葵。……15日楽しみにしてる」
おでこに落とされた優しいキス。
あたしは、ずっと呼びたかった名前を紡いだ。
「……おやすみなさい……………………あきらさん」
「……その呼び方、ほんまにあかんわ……戻られへんやろ」
耳元で震える低い声。
あたしは、彼の愛しさに包まれて深い眠りに落ちていった。
――12月15日。
それは365日のうちの、たった一日。
でも。
あたしにとっては、
ただの一日じゃ、もうなかった。
玄関で焦りながらコートを羽織るあたしの腰を、鷹宮先輩がぐいっと引き寄せる。
「ん、充電完了。行こか」
触れるだけの、羽のような軽いキス。
(……もっとしてほしいなんて、言えるわけない)
あたしの思惑は見透かされていたようで、先輩が耳元で低く囁く。
「葵、続きは帰ったらな。……そんな顔されたら、まじで仕事行かれへんくなるわ」
一段低く艶めいた声音。
「このままベッドに連れ戻したくなるから」
繋いだ手は、そのまま先輩のコートのポケットに滑り込む。
掌から伝わる熱が、愛おしそうにあたしを包み込んだ。
***
ランチに誘った雪乃先輩に報告すると、我が事のように喜んでくれた。
「フッ……璋の理性崩壊、思ったより早かったわね」
「え? 何か言いました?」
「ううん、こっちの話〜。それより今月はイベント続きでしょ? 璋の誕生日もあるし」
「……誕生日?」
「12月15日。……あいつ、いろいろあって自分の誕生日には興味がないのよね」
「実家のことで色々あんのよ。あんまり、笑って話さないでしょ?」
「たしかに……じゃあ尚更、楽しい想い出にしないとですね」
(……璋さんの誕生日の記憶、あたしが全部「幸せ」で塗り替えてやるんやから)
あたしは一人、静かに拳を握った。
「……ほーりーが隣にいてくれて、本当によかったわ」
雪乃先輩の静かな呟きは、店内の喧騒に消えていった。
***
「ただいま――」
「おかえりなさい! お疲れ様でした」
鼻の先を赤くして帰宅した鷹宮先輩は、まるで大型犬のよう。
「あかん、一気に腹へった。葵の作るメシは身体に染みるわぁ」
二人であつあつの鍋焼きうどんを啜る。
彼が薄味を好むこと、関西風の出汁が「落ち着く味」であること。
一緒に暮らして初めて知る彼の一面が、愛おしくてたまらない。
食後のコーヒーを手にソファで寛ぐ彼に、あたしは意を決して切り出した。
「あの……鷹宮先輩、もうすぐ誕生日ですよね?」
「……雪乃に吹き込まれた? まあ、三十路になるオッサンやし、祝うほどのことでもないで」
伏せられた睫毛の影に、仄暗い孤独が滲む。
これ以上は踏み込めない。
けれど、彼を遠くに感じたくなくて、しがみつくように抱きついた。
「あたしはお祝いしたいです。……かのじょ、ですし」
「……かのじょ、な」
小さく繰り返した声が、妙に低い。
「そんな自覚されたら、余計手放されへんくなるやろ」
「あたしもです……楽しみにしててくださいね」
そう言って、腕の中の体温をもう一度強く抱きしめた。
***
次の日。
あたしは百貨店の紳士服売場にいた。
仕事中の鋭い横顔、プリンを食べている時の緩んだ顔。
どれも、璋さんに、かっこよく似合いすぎて選べない。
迷子になりかけたその時、ショーケースの中で白蝶貝が淡く輝いていた。
「贈り物でお探しでしょうか?」
「はい……その、彼氏に……」
自分の口から出た響きに顔が熱くなる。
シルバーの台座に収まったネクタイピンとカフスボタン。
白蝶貝が、淡く光を弾いていた。
――あの夜。
逃がさへん、と囁いたあの瞳。
優しいのに抗えない光に、少しだけ似ている気がした。
「これに、します」
包装された紙袋を受け取って、あたしは急ぎ足で帰路についた。
***
「なんや、えらいご機嫌さんやなぁ」
ドライヤーの温風に混じる声。
「……12月15日までナイショです」
「へぇ〜。俺に隠し事するんやなぁ〜」
いたずらっ子のように笑う顔。
「……その顔と声はズルいですっ」
「そっくりそのまま返すわ。ほんまその顔、他の男に見せたらアカンで」
「ん、乾いたで」
ドライヤーの音が止まる。
次の瞬間――
かぷっと唇を噛み付かれた。
「……たかみや……せんぱっ……」
「んー?」
抗議の声は、深く熱い唇で塞がれる。
「……あっぶな……」
先輩が額を預けて低く笑う。
不意に膝の裏に腕を通され、身体がふわりと浮いた。
「仕事せなあかんから、葵は先に寝といて」
「せ、先輩っ、自分で行けますから……っ!」
「ええから。黙ってお姫様抱っこされとき」
暗がりのベッドへ羽のように優しく降ろされる。
「おやすみ、葵。……15日楽しみにしてる」
おでこに落とされた優しいキス。
あたしは、ずっと呼びたかった名前を紡いだ。
「……おやすみなさい……………………あきらさん」
「……その呼び方、ほんまにあかんわ……戻られへんやろ」
耳元で震える低い声。
あたしは、彼の愛しさに包まれて深い眠りに落ちていった。
――12月15日。
それは365日のうちの、たった一日。
でも。
あたしにとっては、
ただの一日じゃ、もうなかった。