鷹宮先輩、ズルいです 〜泣き顔を拾われたら、極甘上司に溺愛されました〜

第21話 古都の粉雪に舞う鐘と、あっくんの秘密

​初めて乗った新幹線のグリーン車。
大晦日の喧騒が、ガラス一枚向こうにあるみたいだった。
隣に座る璋さんは、さっきから何度も小さく溜息をつき、窓の外を見つめている。

(……落ち着かないのは、あたしだけじゃない)
 
​「璋さん、富士山ですよ!ほら、綺麗……」
 
「……ああ、うん」
 
「……やっぱり、気が重いですか?」
 
「んー……ちゃうよ。落ち着かんだけや」
 
そう言って、彼はあたしの指先を所在なげに弄び、確かめるように何度も力を込めた。
 
​「あたしが、京都に行きたいなんて言ったから……」
 
「葵の実家と違ってうちは……ちょっとな……葵に緊張させたくないねん」
 
「彼氏のご実家に……しかもお泊まりなんて、どんな彼女でも緊張しますよ」
 
​あたしの言葉に、彼はふっと苦笑いを浮かべ、握った指先をぱくっと口に含んだ。
 
「璋さんっ! 外ですよ!」
 
「ええやん。……実家に泊まる間は、イチャイチャできへんねんで? 我慢できる自信ないわ」
 
冗談を含んだ低い声。
けれどその瞳は、どこか心細そうで、あたしの心臓を激しく揺さぶった。
 
​***
 
​初めて降り立った京都駅。
テレビでしか見たことのない巨大な吹き抜けのアーチ。
その先にそびえる京都タワーの白さに圧倒されていると、璋さんがスマホを耳に当てていた。
 
​「ばあちゃん、どしたん? ……あー……うん、京都駅やけど……?」
 
通話を終えた彼の顔は、心底「マズい」と言いたげに歪んでいる。
 
「……璋さん?」
 
「……祖母が顔見せろって。とりあえず嵐山に移動しよ」
 
​彼に促されるまま向かった先は、嵐山の静謐な一角にある高級旅館「桜月荘(おうげつそう)」
 
​門を潜ると、そこには美しい日本庭園と、歴史の重みを感じさせる屋敷が広がっていた。
 
建物内も歴史を感じさせる黒光りした廊下や、微かに漂う上品なお香の香りに、あたしは目を瞬かせる。 
 
「あっくん、お帰りやす〜!」
 
奥から現れた品のある女性が、弾んだ声で璋さんを呼ぶ。
 
(あっくん……!? かっ、可愛い……!)

​「ただいま、ばあちゃん。……こっちが、堀川葵さん、俺の彼女」
 
「堀川葵と申しますっ……」
 
「はじめまして、璋の祖母の鷹宮紅葉(もみじ)です、かいらしお嬢さんやねぇ」
 
緊張で裏返ったあたしの声を、紅葉さんは柔らかな微笑みで包み込んでくれた。
璋さんの帰省を聞き、泊まるお部屋を用意してくれたのだ。

「先に家に行くわ。母さんも、顔見せろうるさいねん」

「あっくんに会いたいんよ、お夕飯用意しとくさかい、おはようおかえり」

嵐山からバスで移動し、やってきたのは閑静な住宅街。  
高くそびえる立派な門構え。
そこに掲げられた表札を目にした瞬間、あたしの足は凍りついた。
​――「四ノ宮」

(……え)
 
一瞬、音が消えた気がした。
 
​「……璋さんのご実家、ですよね? なんで……四ノ宮、なんですか?」
 
「……葵。ここ、俺の実家。……いろいろ説明せなあかんことあんねんけど、まずは中入ろか」
 
すると、玄関から慌ただしく飛び出してきた女性が、璋さんの名前を呼んだ。
 
「ただいま……母さんが来いゆうたくせに、なんやバタついてんな」
 
「堪忍!さっき急患の連絡きてしもて、もう行くわな」

お母さんと嵐のような挨拶を済ませ、二人で見送った。
 
「両親は医者やねん……」
 
璋さんは何かを躊躇っているのか、いつもよりゆっくりとした動きで靴をぬぐ。
 
「璋さん、今から観光しましょ!案内してください」

この場所に、長くいてはいけない気がした。
知りたい気持ちを堪えて、璋さんの手を握り、京都の街へと繰り出した。
 
年越しそばを食べ終わる頃には、ちらちらと粉雪が舞い始め、古都を白く染めていく。
お風呂も済ませ、部屋でほっこり寛いでいると、璋さんが窓の外を見ながら言う。
 
「なぁ、葵。寒いけど除夜の鐘、聞きに行かへん?」

大晦日の風物詩「除夜の鐘」で有名なお寺があるそうで。
二つ返事で、しっかり防寒の準備をして外に出る。 

嵐山から電車で移動し、同じように参拝する人々の波に飲まれていく。

「……迷子にならんときや」

そう言って手を繋いでくれる璋さんのほうが、今にもどこかへ行ってしまいそうで。
あたしは「大丈夫」の気持ちを込めて、強く握り返した。        

ゴォォォォン――。

空気を震わせる重厚な鐘の音が、足元から心臓まで痺れさせていく。
粉雪舞う古都に、静かに厳かに響き渡る。 
 
璋さんはあたしのマフラーを巻き直してくれた。
雪が、静かに降り続いている。
    
​「俺の名前は、四ノ宮璋(しのみや あきら)。……鷹宮は、母親の旧姓やねん」

「……会社の会長は、俺の父方の祖父。社長は伯父や」
 
​その衝撃に言葉を失う。
繋いでいた手が、一瞬だけ自分のものじゃないみたいに冷たくなった。
 
モニター越しに見た会長と、どこか重なる面影。
なのに今、目の前の璋さんは、ひどく心細そうに笑っていた。
 
「……今まで言わんくて、ごめん」
 
絞り出すみたいな声。
でも、その奥にあるのは――
怯え。
あたしが、離れるかもしれないっていう、怖さ。

「……それでも」

一瞬、言葉を飲み込んでから、璋さんはあたしを見た。
 
「……四ノ宮の俺でも、好きでおれる?」
 
低く、試すような声。
逃げ道を、わざと残さない問い。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
 
(……怖い)
 
正直に、そう思った。
今まで知らなかった世界、自分とは違いすぎる場所。
踏み込んでいいのか、わからない。
 
でも――
それ以上に。
 
(……離れたくない)
 
あたしは、もう一度、彼の手を握り直した。
さっきよりも、しっかりと。
 
「……びっくりしました」
 
「正直、ちょっとだけ……怖いとも思いました」
 
声は震えていたけど、そのまま続けた。

「それでも、離れたくないです」
 
「あたしの『大好き』に、変わりはないです」
 
​真っ直ぐな言葉に、璋さんの瞳が揺れる。
周囲の目を気にするのも忘れ、あたしをその広い胸の中に抱き寄せた。
 
「……葵……ほんま……ズルいわ。……ありがとうな」
 
​強く深く重なる二人の体温と鼓動。
抱えていた秘密が、粉雪の中へ静かに溶けていく。 
 
――この夜が、
優しいままで、終わるはずがなかったなんて。
 
あたしは、まだ知らなかった。
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