ひかるくんには何でも見えている
燃える光景
白雪ちゃんの冷たい言葉が、耳の奥まで刺さった。
ひかるくんは、この話をしたくなかったんだ。
「3年前の祭りの日よ。後片付けのときに、神社の中にあった小さな倉庫が急に火事になって、岩戸の両親がちょうど中に……」
白雪ちゃんがうつむく。きっとその時の光景を思い出しているのだろう。
「警察や消防が調べても、放火の可能性も、火が出る原因になりそうなものも無くて、不幸な事故ってことになったのだけど……あれからしばらくは、心ここにあらずって感じだったわ、岩戸」
それは……確かに、突然両親を失うなんてことになったら、どれだけ辛いのか。
正直わたしには、想像することすらできない。
「――やっぱり岩戸、自分からは話してないのね」
わたしの顔をのぞき込むようにする白雪ちゃん。
「天野さん、今初めて聞いたのよね?」
「うん」
「そしたら、できれば岩戸の前でこの話はしないこと。わたしたちの小学校の子はみんな知ってることだけど、話題にはしないようにしてる。……あの光景は、その……やっぱりショッキングだったし……」
「わかった」
わたしとしても、ひかるくんが触れたくないものをわざわざ掘り起こす理由もない。
――ただ。
原因がわからず、突然燃えた倉庫。
どうにも、嫌な予感がする。
「……で、天野さん」
「何?」
また、白雪ちゃんの声が鋭くなる。
わたしが顔を上げると、相変わらず仁王立ちしたままの白雪ちゃん。
「結局、あなたと岩戸って何つながりなの?」
やっぱりそこが気になるのか。
でも、魔や守り手の話をするわけにはいかない。
ひかるくんが話せないって言ってる以上、わたしが話すわけにもいかない。
「……今朝も言ったけど、神社とかの話で盛り上がって」
「それは、そうなんだろうけど……」
首をかしげる白雪ちゃん。
やっぱり、もっと納得できる理由を考えとかないと……と、わたしが悩みだしたその時。
ボン!!!!
「な、何!?」
白雪ちゃんの声が上がる。
わたしたちのすぐ隣にある家庭科室から、爆発音がした。
「ど、どうしたの」
わずかに声を震わせつつも、白雪ちゃんが家庭科室のドアを開ける。
その瞬間、灰色の煙が家庭科室の中から廊下にあふれだす。
「おい、どうした」
「誰か消火器!」
「先生は?」
「ゲホッ、ゴホゴホ」
あっという間に広がっていく煙。
生徒たちの悲鳴。
それに混じって、火災報知器がジリリと鳴る音。教室備え付けのスプリンクラーが作動する音。
「天野さん! 大丈夫?」
さっきわたしと同じ部屋にいた先輩たちも教室を飛び出してきた。
「わたしは大丈夫……ですけど」
家庭科室の入口は、もうすっかり煙で覆われている。
白雪ちゃんの姿は、見えない。
「一旦ここは避難しよう。危ない」
先輩の言う通りだ。
煙から熱さを感じる。これは間違いなく火事。
だったら、わたしたち生徒にできるのは、安全なところまで逃げること……
「た……たす、け……」
――えっ。
今の、声は。
「どうしたの、天野さん?」
「あ、いや」
やっぱり、先輩には聞こえてない。
「たす、け、て……」
この、消え入りそうな、けどわたしにだけはちゃんと聞こえる声。
これは、魔の声だ。
じゃあ、この火事は、わたしとひかるくんがずっと追いかけていた魔が。
わたしはスマホを取り出して、メッセージアプリを開く。
開いた瞬間、通知が入ってきた。
『今どこにいる? 3階の家庭科室、火事みたいだ。魔のしわざかもしれない、すぐ向かう』
ひかるくんからのメッセージ。
きっとあのあとも校内での見回りを続けていたのだろう。
爆発音は結構大きかったから、ひかるくんでも聞こえてたはずだ。
『ちょうどその家庭科室の隣。たぶん、魔がいる』
そして、返事を送信しようとしたところで。
「大丈夫か!?」
後ろの階段から、息を切らしながらひかるくんが上がってきた。
右手で汗をぬぐう様子、荒い呼吸音が、ここまでかなり急いで来たことを教えてくれる。
「ああ、君! 1年生? 危ないよ、ここは避難して」
ひかるくんを見た先輩が戻るように言うが、ひかるくんはそれが聞こえないかのようにわたしのところへ。
「美沙さん、魔はいる?」
「……うん。さっき、声がした」
「家庭科室ってことは……料理部の子が?」
「活動してた。わたしたち吹奏楽部は隣の教室使ってたけど、そっちまで火は来てない」
わたしと話す間にも、煙の中から逃げてくる子に視線を向けていくひかるくん。
魔がいるか確認しているのだろう。
「それと……白雪ちゃんが、わたしと話してたときに爆発音がして、入っていっちゃって……」
「え!」
ひかるくんが、家庭科室の方向へ目を凝らす。
「……氷川が、中に?」
「うん。まだいるかも」
わたしは耳を澄ませて、家庭科室の中の様子を探る。
煙で外からは、何も見えない。
「家庭科室の中に、1、2……5人、残ってる」
「氷川も?」
「そこまではわからないけど……みんな生徒かな。で、真ん中らへんから、燃えてる音がする。コンロ?」
「魔の声も、同じ場所からする?」
「えっと……」
何かが燃える音や、助けを求める生徒の叫びに混じって、まだはっきりと声が聞こえる。
「た、た、た……」
「えっと、家庭科室の中を、魔が、動いている感じ……?」
「ってことは魔は、行き場を失っている状態。今なら、倒せるかも」
「倒せるって……」
でも、魔を倒すには、煙まみれの家庭科室の中に入っていかなきゃいけない。
ひかるくんは空手ができて戦えるけど、視界が悪い中、煙を吸わないようにしながら魔を倒そうとするのが危険なことぐらい、わたしでも見当がつく。
「……わかってる。守り手だってスーパーヒーローじゃない。カッコよく人を助け出すなんてできない。……けど」
ダメだって、ひかるくん。
突入しようとする気持ちはあるかもだけど、声が震えてる。
その声のままじゃ、わたしはひかるくんを止めなきゃいけない。
「そこに魔がいるのに、何もしないわけには……」
「――ダメ」
わたしは思わず、ひかるくんの右腕をつかんでいた。
「美沙さん、でも」
「ダメ。ひかるくん……足が震えてる」
「…………」
ひかるくんは、自分の足元に目を落とす。
わたしが見てもはっきりわかる。
ひかるくんの両足は小刻みに震え、突入しようとするひかるくんの気持ちに反している。
「あ、ああ…………」
ひかるくんの呼吸がさらに荒くなる。
頭を抱え、ぼんやりと立ち込める煙を見つめている。
目の前に魔がいるのに、倒しにいけないもどかしさ、なのか。
普段魔を探して見回りしているときの、キリッとした表情は、今のひかるくんに無い。
「そこの2人下がって!」
「ほら! ひかるくん!」
後ろから聞こえてきた体育の先生の合図で、わたしは足を止めてしまったひかるくんを何とか壁際に追いやった。