ひかるくんには何でも見えている

魔の怖さ




 先生が持ってきた強力な消火器は、数分で家庭科室の前を泡で包み、煙はおさまった。



「まだ、中に誰かいますか?」

「これから先生がそれを確かめに行く。生徒は落ち着いて、その場で待機してるように」


 先生の言葉で、わたしやひかるくんを含む生徒みんなが動きを止める。



「……ひかるくん、魔の声まだ聴こえるけど、先生入っちゃって大丈夫?」


「まだ聴こえるの?」

「うん。かすかに、だけど……」


「……とはいえ……」


 ひかるくんの視線は、先生が入っていく、家庭科室の奥の方に向けられている。



「氷川!?」


 その瞬間、ひかるくんが叫んだ。

 わたしが止めるのを振り切って、家庭科室の中へ。


「氷川、大丈夫か!」

「落ち着け岩戸! 息はある! 多分煙の吸いすぎで気絶してるだけだ」



「いや、でも……!」


 ひかるくんと先生とのやり取りが聞こえてくる。


 きっと、白雪ちゃんが家庭科室の中で倒れていたんだ。

 それが見えたひかるくんが、思わず駆け出していってしまった。


 先生も落ち着いてって言ってたし、まずい状況では無いんだろうけど……



「救急車も呼んでるから! 幸い見た限り、他の生徒はベランダに出ていて大したことは無さそうだ。一旦戻るぞ」



 そしてすぐ、先生は白雪ちゃんを背負って戻ってきた。

 その横ではひかるくんが心配そうに見つめている。


「生徒全員、荷物をまとめて校庭に出なさい! 安全確認できた後、今日の部活は全て中止、生徒は完全下校とする!」



 その声とともに、救急車のサイレン音が聞こえてきた。



 ***



 白雪ちゃんは、救急車で病院に運ばれていった。

 救急隊員の人も先生と同じように、煙を吸いすぎただけで命に別状はない、みたいなことを言っていたので、大事には至らないのだろう。


 他の生徒も全員の無事がわかり、火も消えたことが確認された。

 白雪ちゃん以外の子は、みんな料理部員。幸い、あまり煙を吸わずに家庭科室から脱出できたという。


 そして、魔の方は、いつの間に声が聞こえなくなっていた。

 ひかるくんによると、姿も気づいたら見えなくなっていたらしい。



「やっぱり、わたしたちが追いかけてた魔?」

「……多分。新しい魔が出てたら、オレか美沙さんが、気づいてたと……思う」


 料理部員の人たちの話を聞いていた感じだと、誰も火事の原因に心当たりが無さそうだった。

 消防隊員によると、一番激しく燃えていたのが部屋の中央のコンロで、その付近に小麦粉やら片栗粉やらが飛び散っていたから、誰かが手をすべらせて大量の粉をまき散らしたことが回り回って爆発につながった……らしい。それでも、色々と納得いかないところはあるようだ。



 ――普通の説明じゃうまくいかないってことは、やっぱり普通じゃない何か……魔の存在が関係している、と思ってしまう。

 体育倉庫の床が崩れたときと同じように。


「それに……同じ魔は、同じような嫌がらせをしたがるんだ。他人に化けるとか、物を壊すとか……くそっ!」


 握った右手を、信号機の柱に叩きつけるひかるくん。

 握りこぶしと柱のぶつかる鈍い低音が、夕焼けの中に響き渡る。



 さっきからずっと、ひかるくんはこんな感じだ。


 火事騒ぎが一段落して、校内にいた全生徒が下校することになってから、何かイライラしている。

 そうかと思えば、下を向いてトボトボとしながら、わたしにしか聞こえないぐらいの小声でつぶやく。

「オレは……やっぱり……」


 誰が見てもわかる、あからさまにひかるくんは落ち込んでいる。

 前を向いていても、視線はなんだか定まっていない。

 わたしよりよっぽどたくさんの物が見えているはずなのに、目の前のポストにぶつかりそうになったりしている。ひかるくんにとっては、普段から歩いてる通学路、通いなれた道なのに。



「ひかるくん、そっち神社と反対方向じゃない?」


 だから、思わずわたしがひかるくんの下校に付き添ってしまっている。

 家は違う方向だけど、あまりに心配すぎて。


「ああ……うん。ごめん……」


 わたしの言葉に力なくつぶやきを返して、ひかるくんは向きを変えて歩き出す。


 とても見回りのとき、わたしを引っ張って先導していたひかるくんと同一人物とは思えない。



 ――原因は見当がつく。


 魔を倒せなかったこと。

 目の前でまた魔による被害が出てしまったこと。


 それが悔しいんだ。
 特に今回、ひかるくんにとっては昔から知っていた白雪ちゃんが巻き込まれてしまった。


 白雪ちゃんの姿を見たのか、わたしが止める間もなく飛び出していったひかるくんを思い出す。



「……ねえ、白雪ちゃん、大丈夫かな……」


 思わず、わたしも声が出た。

 わたしはひかるくんや七海ちゃんほど、白雪ちゃんと接していたわけではない。

 けど同じクラスだし、目の前で倒れてしまった姿、救急車に乗せられていく姿を見ちゃうと、心配せずにはいられない。


「それは……救急の人が言ってたし、多分……」


 力ないひかるくんの言葉。


 でも実際、ひかるくんの言う通りだ。

 先生や、警察の人の言い方からしても、念の為病院に連れて行くって感じっぽかった。


 だから、本当はそんなに心配しなくても良いのかもしれない。



 ……けど。もし一歩間違えたら、白雪ちゃんはもっと重傷だったかもしれない。

 あるいは、料理部の他の子が大変なことになっていたかもしれない。



 自転車のブレーキが壊れたときも、体育倉庫の床が崩れたときも。

 もっともっと大惨事になる可能性があったんだ。


「……うん。でも心配だし、白雪ちゃんが魔による事件に巻き込まれたのは事実だし……やっぱり、魔を早く見つけないと」


「そう……だな……」


 ひかるくんの言葉は、全く上向きになっていかない。



『……わかった。ひかるの様子については、私の方でも確認しておく。今日の話も知りたいから、もしできれば天野さんも、このあとうちに来てくれないかな』


 スマホを見ると、司郎さんからのメッセージが来ていた。


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