ひかるくんには何でも見えている

街のため、皆のため




「ああ。私もひかる同様、視覚の優れた守り手だった。私が今のひかるぐらいの年齢だった時だから、5,60年は前になるのだが」
「じゃあ、今も目が良いんですか?」
「いや、ひかるみたいなことはもうできない。守り手としての力――魔の存在に気づく力や、異常に優れた感覚などは、遅くとも20才ぐらいには失われる。今の私は、ただの老人だよ」


 とすると、わたしも同じなのか。
 正直、20才のわたしなんて全然想像できないけど、その頃にはいろんな音が勝手に聞こえて仕方ない、なんてことはもう無いらしい。



 安心……していいのかな。


「当時の守り手は、視覚に優れた私と、聴覚に優れた女子の2人だけだった。ちょうど今のひかると天野さんのように」
「わたし?」
「確か同い年だったからな。魔の脅威が収まったタイミングで、家の都合かなんかで遠くへ引っ越してしまったから、今どこにいるのかもはっきりしないが」

「そういや、そのもう1人の守り手と連絡とか取ってないの、じいちゃん」
「今みたいに気軽に連絡取れる時代じゃなかったからな。引っ越し先か、電話番号でも聞いておけば良かったが……ともかく、他の守り手も現れなかったから、基本的に彼女が魔の声を聴き、私が駆けつけて撃退ということをずっとやっておった」


 それは、さっき岩戸くんがわたしにお願いしたことじゃないか。


 司郎さんと同じことを、岩戸くんはやろうとしてるんだ。


「それで、どうやって街を救ったんですか?」
「ふむ……とにかく毎日、ひたすらに魔を倒す日々だった。1日に何体も、という日も珍しくなかった。あれを野放しにしてたらと思うと、今でもぞっとする」


 1体でも、自転車のブレーキを壊したり、体育倉庫の床を崩したり、人が死にかねないことをする魔。
 確かに、それが毎日何体も襲ってきたら……あちこちで大変なことになってしまう。


 司郎さんの声の重さが、本当に深刻な事態だったんだ、とわたしに思わせる。



「そのうち魔が出なくなったことで、私は守り手としての役目は終わったんだと思った。実際、魔による被害も、現在までずっと出ていなかったからな。しかし、また魔が出るようになり、孫のひかるが守り手の力を持って生まれた今、再びあの日々が始まったんだと私も覚悟を決めている」


 もし司郎さんの時と同じなら。


 今度は岩戸くんが、ひたすらに魔を倒す日々が……



「だから、本当にお願い、天野さん。オレに、力を貸してくれないかな」
 真面目な声で、岩戸くんはしっかりと頭を下げる。


「私からもお願いしたい。ひかるの言った通り、危険な状況にはさせない。魔や、他の守り手探しを手伝ってもらいたいんだ」
 司郎さんも、頭を下げる。



 ――確かに、魔を探すのに、わたしの聴力はうってつけだ。
 いくら岩戸くんの目が良くても、ある程度視界が開けてないとそれを活かすのは難しい。でもわたしなら、音で向こうの様子を知ることができる。


 きっと先代のその、耳が良かったという守り手さんも、そうやって司郎さんを支えていたのだろう。



 わたしは自分の聴力を、他人のために使うと決めている。


 でも正直、魔の存在は怖い。
 自転車のブレーキが壊れたのも、体育倉庫の床が崩れたのも、死者が出かねない事故だった。
 そこに巻き込まれたくない気持ちは、ある。



 けど。わたしは、ゆうべの岩戸くんの言葉を思い出した。


 
『早く他の守り手を見つけないと……誰か!』



 今なら、言葉の意味がわかる。
 岩戸くんは、守り手候補に呼びかけていたんだ。一緒に、魔を倒すのを手伝ってほしいと。



 あの声からは、必死さが感じられた。


 岩戸くんは、やっぱり本気なんだ。



 なら、街のために、岩戸くんのために。



「わかりました、司郎さん。岩戸くん、わたしは協力する。魔や、他の守り手探し、手伝う」


「ありがとう天野さん!」
 わたしが言い終わらないうちに、岩戸くんが身を乗り出してきた。
 顔がパッと明るくなり、聞かなくても嬉しいのがわかる。


「私からも改めて、ありがとう。天野さんを危険な目に合わせないよう、ひかるにはしっかり言っておく」
「わかってるって。天野さんを魔との戦いの場に直接出すことはしない。じいちゃんも昔そうしてたんだろ?」
「うむ。とはいえ、もし天野さんが巻き込まれるようなことになったら、その時はひかる、頼むぞ」
「OK!」


 岩戸くんがぐっと握りこぶしを作る。


「天野さん、よろしく!」



 そしてその握った右手を開いて、真っすぐわたしに差し出してきた。



 魔も、守り手も、まだわたしには得体も知れないものだけど。


 わたしの聴力が、みんなのためになるなら。



「よろしく」


 わたしが握った岩戸くんの手は、ずっと握っていたいような温かさだった。




 ***




 帰り道。
 真っ暗な夜空を見上げると、月がぽつりと光っている。



「天野さん、もう遅いから私が送っていこう」
「じいちゃんはまだやること残ってるだろ。オレが行くよ」
「わたしは大丈夫だよ。1人で帰れるから」
「いいや、もしも魔がまた出てきたらどうするの。じいちゃんだってオレみたいには戦えないだろ」


 というやり取りがあって、わたしは岩戸くんと一緒に帰ることとなった。



「岩戸くん、わたしの家知ってるの?」


 大通りから離れると、徐々に車の音も小さくなっていく。もう岩戸くんには聞こえてないぐらいの距離だろう。


 でも。
 それ以上に、今のわたしには自分の心臓の音が大きく聞こえる。



 だって、男子と2人きりで帰るなんて、初めてだ。どうして良いかわからない。


 それも、今日初めて会った岩戸くんと。



 会ったばかりの男子と、一緒に協力して、人ならざる存在に立ち向かっていくことになった。
 たった1日で。



「ゆうべカーテン開いてた家だろ? まあなんとなくは」


 岩戸くんは、元気そうな足音を立てながらわたしの隣を歩いている。


 はかま姿のままの岩戸くんと、制服のわたし。
 他に誰かが歩いてる音も聞こえない。



「あっ、そうだ」


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