ひかるくんには何でも見えている
魔と守り手
「じゃあ、そのおじさんは」
「それは問題ない。人は魔が抜けたら、正気に戻るんだ。ゆうべのおじさんは戻ったらその場で寝ちゃったから、交番に行っておまわりさんに知らせたけど」
「え、でも、さっき魔を倒しきれなかったって」
「ああ、おじさんは撃退できたけど、魔はギリギリで逃げられたんだよ。多分、その魔がしばらく公園の周りにいて、朝になっておばさんの自転車に入り込んだんだと思う」
そんな。
じゃあ、魔を倒しきれないと、あんな大事故につながりかねないようなことが、また起こる……?
わたしは、あの肉屋のおばさんが言ってたことを思い出す。
自転車は買い替えたばかりで、突然ブレーキが効かなくなるなんてありえないと。
魔、というか外からの力があった、と考えないと不自然だ。
岩戸くんの言ってる事は、しっくり来る。
それにやっぱり、岩戸くんも司郎さんも、嘘を言ってる声がしない。
わたしの問いかけに気さくに答えてくれる岩戸くんだけど、声は真面目だ。
わたしの耳が、このことは本当だ、と言っている。
「ねえ、その魔が、また出たら……」
「そしたら、オレがちゃんと倒す。でも、その時は天野さんにも手伝ってほしい」
「あれ? さっき、撃退は誰でもって」
「ああ、それは、魔の入り込んできた人でも、撃退するだけなら誰でも可能、というだけだ。入り込んでいる魔も倒せるのは、『守り手』の力を持つ者だけ」
守り手。
岩戸くんからも出てきた言葉が、司郎さんからも出てきた。
司郎さんが、真っすぐわたしを見つめる。
「では、『守り手』について説明しよう」
岩戸くんは、わたしに守り手として一緒に戦ってほしい、と言った。
戦うって、どういうことなのか。
わたしは司郎さんの言葉に、耳を傾ける。
「守り手というのは、魔を倒せる能力を持つ者のこと。魔の存在を感じ取れるのも、守り手だけだ」
「普通の人には、わからないってことですか?」
「そうだ。たとえすぐ近くにいても、感じることができない」
「天野さんは、魔の声は聴こえるけど、魔の姿は見たことないだろ?」
司郎さんに続けて岩戸くんが聞いてくる。
魔にも、目で見える姿があるのか。
「うん」
「オレは逆に、魔の姿は見えるけど、声は聴こえないんだ」
「人による、ってこと?」
「ああ。守り手は皆、何かしら非常に鋭い感覚を持って生まれる。ひかるの場合は視覚、天野さんの場合は聴覚」
そうか。
その感覚で、魔の存在がわかる、ってことなんだ。
「守り手は昔から、上橋の街に危機が迫ったときに現れるとされる。江戸時代の資料を見ると、他にも味覚、嗅覚、触覚に優れた守り手が現れうるらしい」
「じゃあ、その人たちも、魔の存在に気づいてるんですか?」
「わからない。そもそもいるかどうかすら不明だし、感覚が魔に気づくほどにまで発達してないのかもしれない」
「だから、天野さんが守り手だとわかったのは、すごい進歩だ」
と、岩戸くんが嬉しそうな声でわたしを見つめる。
イケメン岩戸くんにそんなことされては、ドキドキがいっぱいになっちゃう。落ち着けわたし。
「そう、なんですか」
「だから天野さん。ひかると一緒に、魔と戦って、上橋の街を救ってほしいのだ」
「でも戦うって、どうやって」
きっと岩戸くんは空手を使って戦うのだろう。
けどわたしはそういうスポーツなんて何一つできない。体育はむしろ苦手な方だし。
「具体的に相手を撃退したりとか、力仕事はオレがやるよ。天野さんには魔や、オレらと同じような守り手を探すのを手伝ってほしい」
「他の守り手、ってこと?」
「うん。魔はたくさん出ている。オレ1人じゃ全然追いつけないんだ。味方は多ければ多いほど良い」
「じゃあ、それこそ学校の子とか、警察とかにお願いして」
わたしが言うと、岩戸くんは首を横に振る。
「いや、話したところで信じちゃくれないさ。天野さんだって、自分の聴力の良さとか、実際に魔の声を聴いた経験があったから、オレやじいちゃんの話を信じてくれてるんだろ?」
それは……確かに、そうかもしれない。
岩戸くんが、わたしの聴力についての話をする……そう思ったから、わたしはあの体育館裏に行ったんだ。
実際は、もっとスケールの大きい話だったわけだけど。
「じゃあやっぱり、他の守り手に頼るしかってこと?」
「ただ、それがいるとは限らない」
と、岩戸くんの声のテンションが下がる。そんな……
「資料から確かに言えるのは、同じ感覚を持つ者が同時に複数生まれることはない、ということだ。だから残っているのは、味覚、嗅覚、触覚に優れた者。最大でもあと3人」
わたしと岩戸くんを含めても、最大5人。
「5人いれば、街を危機から救えるんですか?」
「少なくともじいちゃんのときは、じいちゃん含めて2人だけで何とかしたらしいけど」
「えっ、司郎さん……」
「そうそう。じいちゃんは、オレらの前、先代の守り手の1人なんだ」
岩戸くんの言葉に、司郎さんがうなずく。