97年から00年代初頭。意地悪される側,人間不信なひとは、殺人者よりみっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

私には、因果応報や報いは絶対世間になく、恐喝詐欺無理強いするひと,人を蔑む見下す人のが幸せにみえた

恐喝詐欺無理強いするひと、人を蔑む見下すひとは
いじめられる側には絶対ならない、夏休み終わり泣くことも絶対有り得ないから

世間は恐喝詐欺無理強いするひとや
人のことを見下す蔑むひとのほう、比較ならないほど気楽に過ごすようできてて恐喝詐欺無理強いするひとや、人のことを見下すひとには、罰や因果応報やむくいなんかないようできてるとおもう
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