97年から00年代初頭。意地悪される側,人間不信なひとは、殺人者よりみっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

恐喝詐欺無理強いするひとや人を蔑む馬鹿にする人の方絶対呑気気楽で報いなく過ごしてく

私には絶対そのようにしか
97年度のこともだけど,99年度と翌年も
恐喝詐欺無理強いする人や,意地悪する人全般や
人のこと蔑む馬鹿にするひとのほうがものすごい気楽幸せで
報い因果応報なく絶対一生呑気に過ごしてくだけにしか見えない


わたしには
恐喝詐欺無理強いするひとや人のことを蔑む馬鹿にするひとのほう幸せにしか絶対見えないし
恐喝詐欺無理強いするひとや人のことを蔑む馬鹿にするひとなら
意地悪される側にはならない上に夏休み終わり泣くことや
人が皆信じれなく人間不信なるのもないから
その人たちのほうしあわせにみえる
恐喝詐欺無理強いする人や,人を馬鹿にする人の方ものすごい幸せにしかみえなく,妬むのは変だけど妬んでしまう


恐喝詐欺無理強いするひとやひとのこと馬鹿にするひとの母親らのほう、子供が意地悪されるがわにならないし人間不信もならないから、比較ならないほど幸せにしか絶対見えない
恐喝詐欺無理強いするひとやひと馬鹿にするひとには報い因果応報は絶対きてない
来世以降はもしや
恐喝詐欺無理強いするひとやひとのこと馬鹿にするひとの母親に生まれた方幸せ呑気だろうかと妬んで考えてしまう
(なにしろ
恐喝詐欺無理強いするひとやひとのこと馬鹿にするひととつきあいたくはないけど、
恐喝詐欺無理強いするひとやひとのこと馬鹿にするひとなら
意地悪される側にならない、人間不信もならないうえ
因果応報報いも絶対こない、
それに夏休み終わり泣くことや新学期前線路前で死を考えることもないんだから、恐喝詐欺無理強いするひとやひとを馬鹿にするひとの母の方が子供が意地悪されることや泣くことはないんだから幸せだろなあと考えてしまう)


妬んで考える自分の醜さもせめたいがどうしてもわたしは、恐喝詐欺無理強いするひとやひとのこと馬鹿にするひとの母親らのほう、子供が意地悪されることや泣くことや人間不信なることないから幸せに見えて,妬んでしまう私の醜さも責めたい)
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