97年から00年代初頭。意地悪される側,人間不信なひとは、殺人者よりみっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

私は恐喝無理強いする人や人を馬鹿にする人の方、人間不信ならないだけ偉い存在かもと思い込みに縛られる

わたしはいまでも
令和の今も

恐喝詐欺無理強いするひと
ひとのことを馬鹿にするひとのほう
人間不信ならない、意地悪される側には絶対ならないだけ
人間不信ならないだけまだ偉い人間であろうかと
その思いに縛られてしまう


来世以降
恐喝詐欺無理強いする人や人のことを馬鹿にする人の母親に生まれた方まだ幸せだろかと歪んで考えてしまう
なにしろ私からは恐喝詐欺無理強いする人
ひとを馬鹿にする蔑むひとなら
意地悪される側にならないから人間不信ならないし夏休み終わり怖くて泣くこともないから、
恐喝詐欺無理強いする人、人のこと蔑み馬鹿にする人の母親らの方比較ならないほど絶対幸せにみえ、
97年、わたしは恐喝詐欺無理強いする側でなかったから人間不信なったのかな、と歪んで考えてた
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