きみが春なら

Side.H

蒸し暑い夜だった。
窓辺に佇みとりとめなく考え事をしていると、突然ドアをノックされる。
「まだ起きていたか」
振り返ると同時、ロレンツォ様が部屋に入ってきた。

最近の彼は、日中ほとんどお城にいない。顔を合わせないうちに少し髪が伸びていた。
部屋に置いておいた朝食は毎日いつの間にか無くなっていた。

「今夜、これから。戦に発つ」
後ろ手に扉を閉めた彼が近くまで歩いてくる。

「最近慌ただしかったのはその為だ。準備に追われてな」
「……」
「一応、顔でも見ておくかと部屋に寄ったまでだ」
王子様の腰には、短剣がさしてある。

「人の命を……奪うのですか」

思わず尋ねてしまった。一瞬、不意を突かれたような表情になった彼は

「── 愚問だな。他に何をしに行く」

すぐにそう言った。

「命も、土地も。全てを賭けて戦うのだ」
「何のために?」
静かな瞳で私を見た後。真っ暗な窓の外に視線を移す。

「国が栄えて豊かになれば、仕事が増える。多くの国民がもう少し楽な生活を送れるようになる。領土が必要なんだ」
「……」
「命を捧げているのは、こちらも同じだ。戦場で死ぬなら本望だ」

その言葉を耳にした時。彼の身につけているマントの端を掴んでしまった。
気付いた彼が私を見下ろす。

「どうした。しばらく離れるのが淋しいのか?」
いつも通りの、からかうような口調だった。

「淋しい、というよりも……」
「何だ」

いろんな気持ちが混ざり合い、どうしても言葉が出てこず俯いた。

……死ぬのが本望だなんて言って欲しくなかった。
私の料理を美味しいって食べてくれた、この人に。

でも、この人が生きているのはそういう世界なんだ。
明日がくる保証なんてどこにもない世界で、これからも生きていくんだ。

会話を交わすのもこれが最後かもしれない、って。
毎回そう思いながら送り出さなきゃいけない事が無性に恐ろしかった。
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