冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~
数日後。紫乃は、いつものように茶菓子を包んで病院を訪れていた。
廊下の先に、見覚えのある親子の姿が見える。虫垂炎で緊急手術をした男の子と、その父親だ。
「……えっ? どういうことですか? 支払いが済んでるというのは……?」
父親の戸惑いの声に、紫乃は思わず足を止めた。受付の事務員が、少し困ったように微笑む。
「軍に所属している方やご家族であれば、費用の一部は国から支給されるのですが……。関係者以外は全額実費となりまして、……かなりの額になります。なので、篁先生がすでに支払い済みでして……」
事務員の言葉に、紫乃は胸の奥が静かに震えた。
(……やはり、勇心様はお心の広い方だわ。ちょっとした治療費でも苦しむ人が多いこの時代に、高額な手術費を何も言わずに肩代わりするなんて……)
紫乃は、手にしていた茶菓子の包みをそっと抱きしめた。夫の無言の心配りが、胸の内にあたたかな波紋を広げていく。
ふと中庭に目をやると、術後の養生がてら体を動かしている少年が目に留まった。
紫乃は少年のもとに歩み寄り、包みから手づくり菓子を一つ取り出して、そっと手渡す。
「よかったら、どうぞ」
「……ありがとうございます」
(この少年も、勇心様がお救いになられたのかしら……? そう思うと、私も何かしたくなるわ。そうだ、今日のお夕食はハヤシライスにしましょう。勇心様の好物だと、タミさんが言っていたもの。心を込めて、腕によりをかけてつくらなきゃ……)