冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~
夜の帳が下り、軍病院の灯りが一つ、また一つと消えていく頃。
篁家の書斎には、まだ柔らかな灯がともっていた。
紫乃は机に広げた英和対訳の辞書と向き合いながら、論文に使われている参考文献目録を一つ一つ訳していた。それは、本棚の隅にあった洋書を手に取ったのがきっかけだった。ページを捲るうちに、幼い頃、母親から教わっていた外国語の記憶がふいに蘇ったのだ。
とはいえ、医学書に並ぶ専門用語は、紫乃にとって決して易しいものではない。
それでも、辞書を片手に調べながら読み進める時間は、不思議と心地よかった。
勇心の帰りが遅い日は、こうして論文の手伝いをしたり、看護に関する本を読んだりするのが、いつの間にか紫乃の日課になっていた。
紫乃は辞書の文字を追いながら、鼻梁にかかった眼鏡を指先で整えた。その仕草は、すっかり日常の一部になっている。
(勇心様のために……私にできることを……。それがたとえ、ほんの小さなことでも、今は精一杯頑張ろう)