冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~
ふいに胸に熱いものがこみ上げてくる。
嫁いで半月ほどが経った頃の、あの夜の出来事が記された記録の一葉に、夫の自分への印象が記されていた。
(あの時すでに、私のことを意識してくださっていたのかしら……? さらに、眼鏡の度数を微調整までしてくださっていただなんて……)
政略的、十歳差、目が不自由で色気もない娘をもらってくださったとばかり思っていた。
けれどそこには、私の知らないところで、私を見つめ、気遣い、思いを重ねていた夫の深い愛が綴られていた。
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一方、佐世保の軍港に派遣された勇心は……。
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大正十二年 五月二十九日
佐世保港停泊中の潜水艦内にて、海軍兵士二十五名に腸チフスの症状を確認。
高熱、腹痛、意識混濁、バラ疹。隔離処置の上、対症療法を継続中。
当方も罹患。発熱四日目にて解熱傾向。食欲回復。
潜伏期間を考慮すれば、感染源は上陸時の飲食物と推定される。
体力の回復にはなお時間を要すが、あと十日もすれば復路の手配が可能と見込む。
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(突然の音信不通、紫乃さんは心配しているだろう。早く帰りたい。……彼女がつくったものが食べたい。いや、触れたい、抱きしめたい、接吻したい。帰ったら、きちんと伝えよう。……この想いを)