引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~5
 とはいえ、皇子時代から最強の右腕にして皇帝の騎士であるアインスが、どれほど強く有能な魔法師であるのか知っている者は、気安く『どっちなんです?』なんて、声などかけられない相手である。
 その時、広い執務部屋の向こうにある入口で、どかーんっと何かが土埃(つちぼこり)を上げた。
 最近は宰相さえも慣れ始めている。
 部下たちが何事だと騒ぐ中、彼は視線を上げ、心獣から飛び降りて向かってくる人物が何者であるのか視認したうえで、一瞬『ため息をこぼしたい』という表情を浮かべたものの、ぐっとこらえて、いちおうは問いかける。
「――皇帝陛下、なにゆえ、急ぎのご帰還であらせられますか」
 やってきたのはエンブリアナ皇国の皇帝ジルヴェスト・ガイザーだ。
 二十八歳にして、この国で最強の魔法師と言えば皇帝陛下であると誰もが答える、冷酷といういわれでも有名だった男だ。
 恐ろしいが、それでも目で追いかけてしまう絶世の美しさを持っている。
 ジルヴェストは深い青色の目を厳しく細め、金の髪をなびかせて向かう。
「急ぎだ」
 皇帝からの返答を受けた宰相が、とうとうため息に似た吐息を「ぐぅ」と漏らしてしまう。その眉間には悩ましい(しわ)ができている。
 アインスが思いっきり顔を(しか)め、彼の代わりにといった様子で言葉をかけた。
「陛下、国境の魔物研究の成果について視察されていたはずでは」
「おい。顔に『なんで帰ってくるんだよ』と書いてあるぞ。以前までなら帰還を喜んでくれていたじゃないか」
「ええ、魔物と命がけの戦いでしたから、私の不在時に現場入りされた時には五体満足の無事の帰還を喜びましたとも。あなた様は、我が国に唯一残された皇帝一族にして、王ですから」
「今日はやけに嫌味っぽいな……」
 皇帝が「ぐぅ」と(うな)るのは大変珍しいが、アインスと彼が鍛錬において兄弟のように育ったと知っている者たちにとっては、彼だからこそそうやって言えるという認識だ。
 とはいえ、その様子を眺める宰相の目は、冷たい。
「とにかくだな」
 と仕切りなおすように言ったジルヴェストに、宰相の目はますます半眼になる。
「エレスティアの体調が悪いと聞いたがっ?」
 ジルヴェストが宰相に詰め寄った。誰もが執務机に両拳を振り下ろされるのではないかと身構え、緊張して書類の山をハッと注目した。
< 2 / 14 >

この作品をシェア

pagetop