洛陽夜曲

恬淡たる言葉

車内に戻った鈴華を包み込んだのは,行き場を失い沈殿した落胆の影だった。

彼女へ辿り着くための、たった一本の、蜘蛛の糸よりも細い希望。

その脆い蔦は、手繰り寄せる間もなく指をすり抜け、永遠に千切れ去った。

京司は沈黙をまとったまま、滑らかに車を走らせ始めた。

京司は慣れた手つきで胸元から一本の煙草を 選び取ると、静かに火を点けた。

淡い光に照らされた彼の指先と、紫煙の揺らぎが、車内の静寂をよりいっそう
深いものへと変えていく。


「そんなに落ち込まんでもええで」


「…えっ?」


「“マコト”なんて名、本名かどうかは、さして重要とちがう。
あの手の商売に手ぇ染める連中の面なんて、この界隈じゃすぐに割れる。
ましてや夜の世界の話やったら、組の情報網に引っかかるんは時間の問題やろう」


鈴華は虚を突かれたように目を見開いた。
京司を見つめるその眼差しは、言葉の真意を測りかねて彷徨いつつも、
わずかな希望を宿していた。


「探して…頂けるのですか?」


京司は眼差しを一点に縫い留めたまま、淡々とした響きで言葉を紡いでいく。


「ここで君の事、放り出しても、後味悪いさかいなぁ…。それに君、
探すの諦めてへんのやろ?」


彼の言葉が胸の奥を突き刺しても、鈴華は口を閉ざしたままだった。

溢れ出す感情をすべて飲み込むようにして、彼女は己の唇を強く噛みしめ、
ただ独りの孤独な戦いに耐えていた。

友の消息という断ちがたい未練と、独りよがりの義理立てで
他組織を巻き込むまいとする理性。
その板挟みのなかで、鈴華の心は音を立てて摩耗していくようだった。


「そんなに難しゅう考えんでもええんちゃうか?使えるもんは使えばええんや」


京司の唇から零れ落ちたのは、拍子抜けするほど柔らかな響きだった。
裏社会の重鎮たる若頭の威厳など微塵も感じさせぬその軽薄さは、彼なりの精一杯の憐憫だったのかもしれない。
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