洛陽夜曲

再会④

「……京都に、来てくれへんか」

京司の声は低く、ひどく静かだった。
けれど、その響きには退路を断った男の重い決意が、沈殿物のように濁りなく溜まっている。

「えっ……?」

腕の中に閉じ込められたまま、鈴華の声が震えた。
一瞬、心臓が跳ねたのが服越しに伝わる。腕の中の小さな体温が、
予期せぬ言葉に弾かれ、小鳥のように微かに震えていた。

「俺の側にいてほしいんや」

——京司の唇から溢れたその言の葉は、鈴華の胸に戸惑いの波紋を広げた。
それは彼女にとって、あまりに無垢で、あまりに美しい福音。
幼子が聖夜に抱きしめる贈り物にも似た、至高の価値を帯びた響きであった。

「でも、私のこの身は……六穣会のものです」

微かに震える声。自分を一個の人間ではなく、組織の所有物としてしか、
彼女は己の輪郭を保てなかった。

「君は“物”なんかやあらへん!」

遮るように放たれた京司の言葉は、鋭く、そして熱かった。
彼女を縛り付ける透明な鎖を、
力任せに断ち切るような強さがそこにはあった。

「確かに、槇村会長が三合会から君を“購った”のかもしれん。やけどな、
君の命の行き先を決めるんは、いつだって君自身や」

京司の放った言葉は、鈴華の凍てついた意識を激しく揺さぶった。

“自分の人生は、自分のものである”——そのあまりに平穏で、
あまりに眩しい真理を、彼女は一度もその手に抱いたことがなかった。

否、気づく余裕などなかったのだ。
これまでの彼女の歩みは、ただ濁流に呑まれぬよう、
泥の中を這いつくばるだけで精一杯だったのだから。

生存という名の戦場に身を置く彼女にとって、あまりに甘美で、
あまりに遠いお伽話だった。

「君は…どうしたい?」

「私は…」

鈴華の端正な唇が、こぼれ落ちそうな感情を堪えるように、
微かな戦慄を刻んでいた。
< 67 / 70 >

この作品をシェア

pagetop