洛陽夜曲

別離

鈴華の腕を捕らえる京司の指先は、
生まれたての小鳥のように微かに震えていた。
その肌から伝わる愛しい熱が、
指の間をすり抜けて永遠の虚無へと消えてゆく——。

そんな残酷な予感だけが、厭わしいほど鮮明に彼の胸をかき乱す。

降りしきる雨は、拒む間もなく二人を容赦なく濡らし、
重苦しい沈黙が冷えた大気を支配していた。

やがて、せき止めていた絶望を吐き出すかのように、
京司の唇から嗄れた声がこぼれ落ちる。

 
「君を…迎え入れることができへんようになってもうた」

「えっ……」


短く漏れた吐息は、鋭利な刃となって鈴華の心臓を深々と貫いた。
あまりに残酷な宣告に、体中の血が凍りついたかのような錯覚を覚える。

震える唇を必死に動かし、鈴華がようやく掠れた声を絞り出す。


「私のことが……嫌いに、なったからですか?」


その一言が、京司の中で張り詰めていた理性の糸を無残に断ち切った。
せきを切ったように、抑え込んでいた激情が溢れ出す。


「そないなこと、あるわけないやろ!!」


吠えるような叫びと共に、京司は雨に濡れるのも厭わず、
壊れ物を扱うような、
それでいて離すまいとする狂おしい力で鈴華を強く抱きしめた。


「……君のことを、誰よりも愛しとる。せやけどな……」


京司の喉から零れる言葉は、砂を噛むような苦渋に満ちていた。
一語一語を血を吐くような思いで紡いでゆく。


「組長の命には逆らえん……。山城銀行の令嬢と、添い遂げることになった。もし、俺がこれを断れば……九条組は…」


鈴華もまた、極道という非情な世界に生きる住人である。
組長の一言が人の生を左右するこの界隈で、
親に背くなどという不敵な真似が叶わぬことは、骨の髄まで染み付いている。
だが、道理は感情を救わない。
愛する男が、二度と戻らぬ闇の向こうへ消えゆこうとするのを、
黙って見送るなど、人間の心を持つ彼女には到底できぬ事である。
その不条理な現実に、彼女の心は千々に乱れ、
ただただ震えるばかりであった。


「待っててくれなんて、どの口が言えたんやろうな。
……無様すぎて、笑いも出えへん」


自嘲の笑いは、降りしきる雨の音にかき消されていく。
京司は、すがりつくような未練を振り払うべく、鈴華の腕を離した。
降りしきる雨が、彼の身体を冷酷に打ち据える。
深々と頭を下げたその背中は、もはや雨粒に溶けてしまいそうだった。


「俺のことは……最初から存在せえへん幻や思うて…忘れてくれ」
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