洛陽夜曲
心の叫び
京司の放った無慈悲な言の葉は、冷たい鉛となって鈴華の心に沈み、
彼女を底知れぬ深淵へと突き落とした。
京の闇夜に溶けた情事も、大和の山嶺を吹き抜ける風の中で交わした
温もりも、今や指の隙間からこぼれ落ちる砂の一粒にすぎない。
愛したはずの記憶は、音もなく剥落していった。
鈴華の指先から力がこぼれ、
主を失った傘はアスファルトの上を無機質な音を立てて転がっていく。
遠ざかるその輪郭を追う者もなく、ただ重苦しい沈黙だけが、
雨の匂いと共に二人を深く、深く塗りつぶしていった。
鈴華はこぼれ落ちそうになる感情を掬い上げ、懸命に言葉を編もうとした。
しかし、震える唇がどれほど足掻こうとも、京司へと届くはずの言の葉は、
深い霧の底に沈んだまま形を成すことはなかった。
鈴華は縋りつくことも、激しい言葉を叩きつけることもしなかった。ただ、その瞳の奥に底知れぬ哀しみの淵を湛えている。
彼女が流さない涙の重さが、言葉にせぬ嘆きの深さが、
刃となって京司を責め立てる。
罵倒されるほうがどれほど救いになっただろうか。
降りしきる冷たい雨が、二人の間に横たわる沈黙を重く、
どこまでも長く引き延ばしていく。
その静寂の糸を断ち切ったのは、京司が絞り出した最後の言葉だった。
「風邪……ひかんようにな」
微かな震えを孕んだその声は、雨音に溶けてしまいそうなほどに儚い。
京司は鈴華に向け、今にも壊れてしまいそうな、
悲哀に満ちた微笑を一度だけ残した。
そして、未練を振り払うかのように背を向け車のドアに手をかけた。
「わ、私はっ……」
京司が車へ身体を滑り込ませようとした刹那、背後から鈴華の、
魂を削り出すような叫びが響いた。
「私は……たとえあなたが誰を伴侶に選んでも、
私という存在を記憶の彼方へ葬り去ったとしても……
貴方のことを、愛し続けますから!」
その絶叫は、京司の背中に鋭い楔のように打ち込まれた。
しかし彼は、一度も振り返ることはない。
ただエンジンの低鳴りとともに、彼女の祈りにも似た言葉を置き去りにして、
夜の闇へと消えていった。
バックミラーの中に置き去りにされた彼女の姿を、
京司は一度も視界に捉えようとはしなかった。
遠ざかるテールランプの赤が、濡れたアスファルトに滲んでは溶けていく。
ハンドルを握る指先は、まるで凍てつく寒さに晒されたかのように、
微かな、しかし止めることのできない震えを刻んでいた。
「……忘れろ言うたやないか」
その唇から漏れた掠れた言の葉は、
心臓の鼓動をなぞるようなエンジンの唸りと、
無慈悲に車体を叩く雨音の奔流に呑み込まれ、
誰の耳に届くこともなく虚空へと消えていった。
彼女を底知れぬ深淵へと突き落とした。
京の闇夜に溶けた情事も、大和の山嶺を吹き抜ける風の中で交わした
温もりも、今や指の隙間からこぼれ落ちる砂の一粒にすぎない。
愛したはずの記憶は、音もなく剥落していった。
鈴華の指先から力がこぼれ、
主を失った傘はアスファルトの上を無機質な音を立てて転がっていく。
遠ざかるその輪郭を追う者もなく、ただ重苦しい沈黙だけが、
雨の匂いと共に二人を深く、深く塗りつぶしていった。
鈴華はこぼれ落ちそうになる感情を掬い上げ、懸命に言葉を編もうとした。
しかし、震える唇がどれほど足掻こうとも、京司へと届くはずの言の葉は、
深い霧の底に沈んだまま形を成すことはなかった。
鈴華は縋りつくことも、激しい言葉を叩きつけることもしなかった。ただ、その瞳の奥に底知れぬ哀しみの淵を湛えている。
彼女が流さない涙の重さが、言葉にせぬ嘆きの深さが、
刃となって京司を責め立てる。
罵倒されるほうがどれほど救いになっただろうか。
降りしきる冷たい雨が、二人の間に横たわる沈黙を重く、
どこまでも長く引き延ばしていく。
その静寂の糸を断ち切ったのは、京司が絞り出した最後の言葉だった。
「風邪……ひかんようにな」
微かな震えを孕んだその声は、雨音に溶けてしまいそうなほどに儚い。
京司は鈴華に向け、今にも壊れてしまいそうな、
悲哀に満ちた微笑を一度だけ残した。
そして、未練を振り払うかのように背を向け車のドアに手をかけた。
「わ、私はっ……」
京司が車へ身体を滑り込ませようとした刹那、背後から鈴華の、
魂を削り出すような叫びが響いた。
「私は……たとえあなたが誰を伴侶に選んでも、
私という存在を記憶の彼方へ葬り去ったとしても……
貴方のことを、愛し続けますから!」
その絶叫は、京司の背中に鋭い楔のように打ち込まれた。
しかし彼は、一度も振り返ることはない。
ただエンジンの低鳴りとともに、彼女の祈りにも似た言葉を置き去りにして、
夜の闇へと消えていった。
バックミラーの中に置き去りにされた彼女の姿を、
京司は一度も視界に捉えようとはしなかった。
遠ざかるテールランプの赤が、濡れたアスファルトに滲んでは溶けていく。
ハンドルを握る指先は、まるで凍てつく寒さに晒されたかのように、
微かな、しかし止めることのできない震えを刻んでいた。
「……忘れろ言うたやないか」
その唇から漏れた掠れた言の葉は、
心臓の鼓動をなぞるようなエンジンの唸りと、
無慈悲に車体を叩く雨音の奔流に呑み込まれ、
誰の耳に届くこともなく虚空へと消えていった。