第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
風がそよぎ、庭の草がかすかに揺れる。

その静けさの中で、
ディランの手がそっと私の頬へ伸びた。

温かい指先が触れた瞬間、
胸の奥がじんわりと熱くなる。

「ティアナ……」

ディランの声は、震えるほど優しかった。

「無事で……本当に良かった。
俺が弱いせいで、君を傷つけた」

私は首を横に振る。

「違いますよ。弱いからじゃないです」

「だけど……」

言いかけた唇に、私はそっと指を当てた。

「これ以上言わないで」

ディランは驚いたように瞬きをし、
やがて静かに頷いた。

「……わかった」

私は息を吸い、胸の奥に溜めていた想いを吐き出す。

「ディランを失うと思ったら……怖かったです」

あの時の光景が胸を刺す。
ディランの顔で、冷たい目を向けられたこと。
そのまま、彼を失ってしまうかもしれなかったこと。

「でも……」

私は彼の胸に飛び込むように抱きついた。

「…ここにいる。
生きて、戻ってきてくれた」

ディランの腕が、そっと私の背に回る。

「ティアナ……」

私は彼の胸に顔を埋めたまま、震える声で言った。

「大好きです。
もう離しません」

ディランは小さく笑い、
私の髪を優しく撫でる。

「光栄だな。
俺も君を離したりしない。
絶対に」

その言葉のあと、
ディランは私の髪に触れる。

「……短いな」

「へへ、イメチェンですね」

「可愛い。似合ってるよ」

そう言うと、額にキスが落ちる。
次は、頬に。

そして――
ためらいなく、唇へ。

触れた瞬間、
世界が静かに溶けていくようだった。

甘くて、温かくて、
ずっと欲しかった、確かなキス。

ディランの手が頬を包み、
私はその手に自分の手を重ねた。
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