第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
「ティアナ……本当にありがとう」
「はい」
ディランの声は、静かで柔らかかった。
「君が呼んでくれたから、戻ってこられた。
もう俺は……君なしでは生きていけないな」
「そんな大袈裟ですよ」
私は軽く笑って返す。
けれど次の瞬間、ディランの腕の力がぐっと強まった。
「大袈裟じゃないよ。
君が大切で……どうしようもなく愛おしいんだ」
「……そんな恥ずかしいことを」
「いいだろう? 今は二人きりだ」
「そうですけど……」
ディランはふと、声の温度を落とした。
「ジョルジュは……俺のことを、孫として、次期王として期待してくれていると思っていた。
違和感に気づきながらも、そう思い込んでいたんだ」
その横顔は、夜の名残を抱えたままのように見えた。
「真実を聞かされて……ティアナの切られた髪を見て……心が折れたんだ」
胸が痛む。
あの瞬間のディランの絶望が、今も残っているのだ。
「大切なものが俺を弱く、脆くするんだと……身体を奪われたときに、そう思ってしまった」
「それは……違います!」
思わず顔を上げる。
ディランは私を見つめ、ゆっくりと首を振った。
「ああ、違う。
人は……大切なものができるほど強くもなれる。
それを君が教えてくれたんだ」
その言葉は、夜明けの光のように胸に染み込んでいく。
「本当にありがとう」
そっと、額にキスが落ちた。
「ディラン……」
「なんだい?」
「私も……もっと強くなります!」
「これ以上?」
ディランはくすっと笑う。
「さっき、ユウリにも言われました」
「ふふ……なら、一緒に強くなろう。
そして、支え合っていこう」
「はい」
「少し眠ろうか」
「はい」
ディランは私を抱き寄せたまま、優しく囁く。
「次、目が覚めたときも……ずっと一緒だ。
おやすみ」
その声が耳に落ちた瞬間、
夜明けの光に包まれるように、瞼が静かに閉じていった。