第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
「俺も。
君の全部が愛おしくて、大切で、どうしようもない」

耳元に落ちた低い声が熱くて、
一瞬で顔が真っ赤になる。

「や、やめてくださいよ……恥ずかしい」

「その顔も好きだ」

「……」

ほんと、この人は……。

音楽が終わり、手を離そうとした瞬間、
ディランが指を絡めてきた。

「さて、まだ終わらないよ。
少し付き合ってくれ」

そのまま手を引かれ、
王宮内の屋上へと歩き出す。

夜の空気はひんやりしていて、
遠くの街灯が星みたいに瞬いていた。

「外は冷えるね。これを」

ディランが自然な動作でジャケットを肩にかけてくれる。

「ありがとうございます」

布越しの温もりが、胸の奥まで染みていく。

「ねぇ、ディラン」

「なんだい?」

「その……私の力を公にしないでくれたことも、
王妃にならなくてすむようにしてくれたことも……
全部、本当にありがとうございます」

言葉にすると、胸が少し痛くなる。
この人は、私の不安をいつも先回りしてくれる。
優しすぎるくらいに。

「それはもう気にするな」

「それでも……私が覚悟を決められなかったからでしょ?」

王妃になる覚悟を、
結局最後まで持てなかった。

決心する前に、
ディランは逃げ道をくれた。

優しさなのか、
甘さなのか、
それとも――。

夜風が少しだけ強く吹き、
ディランのジャケットがふわりと揺れた。

彼はしばらく黙って、
私の言葉を噛みしめるように視線を落とした。

その横顔が、
どこか切なくて、
胸がぎゅっとなる。
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