第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「ねぇ。まだ、こっち向かないの?」

「……」

……ほんと、頑固。

しょうがない。
ちょっとだけ、ずるをしよう。

私は、ディランの服をつかんでいた手をそっと離した。

「わっ! 足が……!」

大げさに声を上げ、その場にしゃがみこむ。

「えっ!?」

慌てた声と同時に、ディランが勢いよく振り向き、私の目の前にしゃがみこんだ。

「どうした!? やっぱりどこか怪我でもしてるのか!」

心配でいっぱいの顔が、すぐそこにある。
その距離に、胸が少しだけ痛くなる。

――今だ。

私はディランの襟を、ぐっと引き寄せた。

ちゅっ。

触れたのはほんの一瞬。
でも、世界が止まったみたいだった。

「これで、おあいこね」

そう言って笑うと、ディランは固まったまま両手で顔を覆った。

耳まで真っ赤。

「……ほんと、きみは……」

指の隙間から漏れる、かすれた声。

「……ずるいな……」

その瞬間、手を引かれた。

驚く間もなく、強く――でも乱暴じゃない力で抱き寄せられる。

胸に閉じ込められて、息が詰まりそうなほど近い。

……近い。
鼓動が、触れそう。

でも、不思議と怖くなかった。
ずっと欲しかった温もりだったから。
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